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PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 1 The Attack 2/2

 直観的に、私はこの男が電話の主だと気づいた。答えることなく私は走り出そうとしたが、彼は万力のような力で私を鷲掴みに捕らえた。それと同時に彼は肩から掛けていたバッグに手を伸ばし、頭上高く腕を振り上げた。

  ぞっとする刹那のなかで、男の拳に5インチのキッチンナイフが固く握りしめられているのを私は恐怖のうちに凝視した。私が動こうとする前に、男は私の胸にナイフを深々と突き刺した。

  男の体を引き離そうとする私の口から叫び声が迸り出た。しかし彼は私の体を何度も刺した。世界がぐるぐると回り始めた。私は自分自身が文字どおり引き裂かれていくのを感じていた。

  「殺される、殺される!(He's killing me!)」、私は自分がこれらの言葉を繰り返し叫んでいるのを聞いた。人々が通りに出てきたのを私は感じたが、私を救うために近づいてくる人は誰もいなかった。

  私は加害者に蹴りを入れると、両腕で彼の降り下ろす刃をブロックしようとした。けれども間断なく続く彼の攻撃を止めることはできなかった。

  この凶悪な攻撃はもちろん肉体的に耐え難い苦痛だったが、私が覚えているもっとも鮮烈で恐ろしい記憶は、肉体的な苦しみではなく心理的な苦悶からくるものだった。私は生涯にわたり決して、私が加害者の目を覗き込み、彼の意志が私を殺害することだと悟ったときに感じた言い知れぬ恐怖を忘れることはないだろう。

  「殺される!殺される!」、私は叫び続けた。それでも助けに来る人はなく、男のナイフが私の体を繰り返し切り裂いた。

  ついに私は左手を伸ばし、ナイフの刀身をつかむことに成功した。しかし私が刃を強く握りしめても男はかまわずナイフを振り下ろし続け、腱を、神経を、筋肉を切断していった。

  その肉体的な責め苦にもはや耐えられなくなった私は刃身を手放し、再び刃が私を刺し貫くのを感じた。

  私の力の最後の一片が私のもとから逸し去りつつあるかに思えたその時、私は見上げる視線の先に天使の姿を見た。加害者の背後にいるのは、背の高い、美しいブロンドの男性だった。まるでスローモーションのように、私は彼が加害者を私から引き離すのを見た。

  私は地面に崩れ落ち、10秒ほどのあいだ動かずにいた。そのとき、加害者が再び私を刺しに来るという絶望的な恐怖に私はとらえられた。突然の恐慌が私の脚に電撃を加えた。どうにかして私は、家に向かってよたよたと歩いていく力を見つけ出したのだ。

  視線を落とすと、私の服が真っ赤に染まっているのが見えた。血はまさしく私の体に穿たれた穴から流れ出しているようだった。よろめきながら歩いていると、おぞましい音が聞こえてきた。呼吸のたびごとに胸の傷から血液が吹き出し、ズルズルと音を立てていたのだ。本能的に私は右手で傷を押さえると、自分の流した血で滑りながら階段をふらふらと上っていった。

  門をくぐり、人気のない中庭にまで来たとき、私は圧倒的な悲しみと孤独の感情に呑み込まれていた。私は、隣人たちの何人かが窓から私のことを見ているのを感じていた。しかしそれでも彼らは私を助けに出てくるリスクを冒そうとはせず、私が血を流して死んでいくさまをまさに彼らの眼前でほしいままに享受しながら、恐怖のうちに身を潜ませていたのだった。私は血だらけの腕を上げ、隠れている顔に向かって泣き叫んだ、「助けて。死んでしまう」。

  私が倒れそうになったとき、フレッドが家から走り出て、私を腕に抱きかかえた。彼は叫んだ、「誰が君にこんなことをした?」

  「よ」、私はつぶやいた。

  フレッドは私を家に運び入れ、ドアを開けてすぐの所に私を横たえた。半狂乱で彼は病院と警察に通報した。

  私の肺は完全に壊れていて、私は空気を求め格闘していた。何度も何度も私はつぶやいた、「もう死ぬわ」。

  フレッドは言い続けた、「いや、そんなことはない。君は良くなっているよ」。

  隣人のジョーが入ってきて、私の傍に跪いた。加害者が戻ってくるのではないかと考えたフレッドは、私とジョーを残して外に出ていった。家の前に駆け出した彼は、犯人が既に保安官の車の中にいるのを見つけた。

  フレッドが戻ってきたとき、彼は私が静かに唱しているのを聞いた。「私は家族を愛します。私は主を愛します」。しかし、痛みは私をとらえてはなさなかった。あまりにもそれは激烈で、私は死に向かって祈りを捧げているようなものだった。私はじゅうぶんに息を吸うことができず、自分が窒息しつつあるように感じていた。私の肉体は機能停止の途上にあった。死が一歩一歩、不気味に迫ってきていた。それでも私は必死に空気を求め、喘ぐたびに私の肺がごぼごぼ、ざあざあと音を立てるのを聞いた。

  私の目は上方に向けられていた。高いところに架かる白い天井を私は見つめていたが、私の視界はそこで終わりではなかった。私は未来の光景を見はじめていた――あらゆる苦痛が終わりを迎える未来の時の。不意に私は、ここで起こった一部始終と、私がいま耐え忍んでいるいっさいの向こう側にいる自分自身を感じたのだ。といってもこれは「体外離脱」体験のようなものではない。私はなおもそこの床の上にいて、おびただしく血を流し、名状しがたい苦悶のなかにあった。しかし私はどうにかしてこれらすべての事柄の向こう側を見はるかし、やがてこの苦痛にも終わりが来ると知ったのだ。苦痛の終りが死を意味するものなのか、その時の私は知らなかったし、気にもしなかった。ただ、それが永遠に続くものではないと知ったことで、肉体的な苦しみはなぜかしら耐え得るものになっていったのである。

  数瞬が経つあいだに、私はますます弱っていった。いまや隣人たちが何人も周りに集まってきていて、彼らが私のことを見やるしぐさから、私が死につつあると彼らが信じているのがうかがわれた。ひとりの少女が私のもとにかがんで口移しの蘇生術を施しはじめたが、心肺蘇生術の経験のある別の隣人が止めるようにと彼女に言った。彼女が唇を放して顔を上げたとき、彼女の口が私の血で覆われているのを私は見た。

  フレッドは私の胸の傷の上にまくらカバーを掛けていた。そのパステルピンクの色はいまや鮮やかな赤色に染め上げられていた。

  私の目は上方を見続けた、私の唇は「私は家族を愛します。私は主を愛します。私は死んでいきます」の言葉を唱え続けた。この時点で私の呼吸はあまりにも浅くそして苦しくて、私はもう自分が長くないだろうと思っていた。

  不意に救急救命士たちがドアを荒々しく押し開けて入ってきた。そしてフレッド以外の皆にこの場を立ち去るように命じた。緊張感に満ちた大声が部屋のなかに響き渡った。医療チームが私の上にかがみこんで、酸素マスクを私の顔にあてがった――なんと素晴らしい解放感。ほとんど魔術のように、酸素が私の感覚を一新した。痛みは強烈なままだったけれども、襲撃以来はじめて私は自分がこの危機を切り抜けられるのではないかと感じた。

  私の服のほとんどを切り取りながら、救命士たちは一箇所、また一箇所と傷を見つけていった。新たな傷が見つかるたびに、一人がパートナーに大声で簡単な状況を伝え、パートナーはシーダーズ・サイナイ・メディカルセンターに無線で情報を回していた。傷は10箇所に及んでいた。

  救命士たちは私にtrauma suitなるものを着せた。ゴム製のパンツのようなもので、膨らませると、血流を私の肢から重要な器官へ強制的に送り込むしくみだった。私は自分が心臓を刺されたと思っていた。救命士たちの会話から、彼らもその可能性を考えていることが分かった。

  永遠に思える時間のあとで救急車が到着し、私はサイレンの叫びとともにシーダーズ・サイナイに搬送されていった。救命士たちは車内での作業のために1インチの空間でも必要としていたので、フレッドが私といっしょに乗車することは許されなかった。

  私の体は救急車の激しい揺れによって何度も突き動かされていた。体じゅうが苦悶の悲鳴をあげ、私は痛みそれ自体が私を殺してしまうのではないかと恐れた。それでも私は生の最後の面影にしがみつき、気を失うことは死を意味すると感じて、なんとか意識を保とうと奮闘していた。

  激しいブレーキの音を立てて車がシーダーズ・サイナイに停まった。瀕死状態を意味する「コード・ブルー」の叫び声があがった。私は手術準備室へとつうじる廊下を運ばれていった。

  医師と看護師のチームが私の命を救うための作業をはじめた。傷は広範囲にまたがっていたので、医師たちは私の体を文字通り、個々のセクションごとに受け持たなくてはならなかった。奇妙な眺めだった。一人の医師は私の足を担当し、もう一人は胸を、別の医師たちは腕を担当した。

  こうした処置が施されているあいだ、私はどうにかこうにか意識を保ち続けていた。私は周りにいるひとたちに休みなく話しかけていた、これが私の最後の言葉になるかもしれないと思いながら、また、実際に何が起こったのかを誰かに知らせることの止むにやまれぬ必要性を感じながら。

  「彼は私を殺そうとした……殺そうとした……殺そうと」、私は彼らにささやいた。私は、加害者が単に私を傷つけるだけではなく私を殺害しようとしたのだということを彼らに知らせることが重要だと感じたのだ。看護師たちは私の肩を軽く叩き、もう安全だからと言った。

  何度となく私は医師や看護師に私は死ぬのかと尋ね、彼らは繰り返し、あなたはきっとこれを乗り越えられますよと私に保証した。でも彼らの顔に浮かぶ表情や声にこめられた悲しみは、彼らの言葉に背いていた。

  私の右腕の治療を行っていた医師が、これから手術を行うことになると私に告げた。皆が驚いたことに私はそれに対して、どうか私の目のコンタクトレンズを外しておいてと頼んでいた(あとで彼らは、このことが私を角膜の損傷から守る結果になった可能性が高いと教えてくれた)。

  私の胸の傷の処置をしていた医師が、これから非常に苦痛を伴うあることをしなくてはならないと知らせてきた。私の考えでは、苦痛がこれ以上ひどいものになることなどありえないと思っていた。私は間違っていた。

  医師が太い中空の金属製パイプを、私の体の左側から直接私の肺に挿し込んだ。ショックを受け、苦痛に目がくらんだ――こんな痛みがこの世に存在するとは考えたこともなかった。私はもう弱り果てていたが、それでもつんざくような叫び声をあげた。それから、消耗しきって、このいっさいの拷問はいつかやがて終わるのだと自分に言い聞かせていた。

  手術に向かおうとしていたその時、一人の看護師が私のそばにかがんで、「なにか望むことはありますか、テレサ?」と涙ながらに尋ねた。その時私は、彼らがみな私が死ぬものと思っていることに気が付いた。私はつぶやいた、「両親に会いたい」。

  それから間もなくして彼らは私を手術準備室から廊下へ運び出した。フレッドが私のもとに駆けよってきて、私にキスをして言った、「愛してるよ。きっと良くなるよ」。私は手術室へと台車で押されていった。

  執刀医に対面したとき、私は彼の目を見てこう言った、「私は女優です。どうか傷の処置は慎重にお願いします」。彼はベストを尽くすと約束してくれた。

  それから麻酔師が「すぐに眠くなります」と言った。不意に痛みが消え、私はどこかへ流されていった。