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PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 5 Pain 9/10

 リタは眼のくらむような頭痛と全身の痛みで目覚めた。彼女の美しいブロンドの髪は乾いた血でゴワゴワになっていた。彼女はゆっくりとバスルームへ歩いていった。体じゅうがズキズキ痛んだ。

 鏡を見たとき、リタは大声で叫んだ、「これが私なんてありえない」。彼女の目は狂ったカエルのもののようだった。目の周りの肉は文字どおり突出して、顔から1インチ以上盛り上がっていた。目を取り囲む肌全体が鮮やかな紫がかった赤色をしていた。

 彼女の白目の部分は完全に赤くなっていた。後で彼女は、目の内部が挫傷していたのだと教えられた。顔の左側全体が膨れ上がり、原形をとどめないほどに歪んでいた。彼女は自分の鼻をまったく見つけられなかった。その部分はあまりにも腫れてしまっていて、見えるのは鼻の穴だけだった。

 リタは自分の胸に、赤くなった打ち身の傷跡で鮮やかに象られたトムの指紋を見つけた。そして胸全体が恐ろしい見た目のみみず腫れや切り傷で覆われていた。

 リタが鏡に映る像を見つめているうちに、安心させる考えが彼女の心のなかに浮かんだ――「顔の切り傷や打撲傷は実際よりも見た目のほうが悪く見える」。警官のひとりが彼女に整形外科医のリストを渡していたことを彼女は思い出した。いま鏡を見て、彼女は彼がなぜそうしたのか納得した。

 リタの体のショッキングな外観は彼女を絶望へと逐いやりはしなかった。彼女は友だちが用意してくれたソファーに横たわって心と体を静めながら、ほんの8時間ちょっと前に、彼女は済んでのところで絞め殺されそうになっていたということを思い出した。いっさいの痛みと恐怖にもかかわらずリタの心は、この苦境をなんとか自分は乗り越えたのだという事実にもっぱら向けられていた。

 リタは私に語った、「主への信なくして、私はそれを乗り切ることは決してできなかったでしょう。夜も昼も私は祈り、主の恵みを請いました。最初、私は大きな痛みのなかにあったので、私がいっさいを乗り切るための手助けをしていただくことを神に求めました。事態がもっとも過酷だったとき、私は主に、私の置かれた状況を理解するための道をお示しくださるように、私がより良く、より強い人間になるための手助けをしてくださるように、私に起こったことをなんらかの積極的な目的のために活用する方法をお示しいただけるように祈りました」。

 「あなたは自分の身に起こったことで神を責めたことがありましたか?」、私は彼女に尋ねた。

 「いえ一度も」、彼女は答えた。「あれから私は、災厄を起こるがままにさせたことで、はじめのうちは神に憤りを感じていた多くの犯罪被害者に会ってきました――そして私は彼らのその反応が理解できます。でも私自身の考えはそうした方向へ向かうことはありませんでした。そもそものはじめから、私は自分を生かしてくださったことで神に感謝していたのです。そして幸運にも、私は以来ずっとそういう風に考え続けてきています」。

 襲撃後まだ日が浅く、リタが酷い痛みと不快感のなかにあった頃、彼女は自分で定めた「休息療法」を実践して、昼も夜も無理やり眠り続けていた。彼女が眠っているあいだだけ、傷のズキズキ、チクチク、ムズムズする痛みが和らいだからである。彼女は眠っては祈り、眠っては祈りを繰り返していた。リタは、ひとたび治癒の過程がはじまると、彼女の顔は眠っているあいだに色が変わっていくという事実になぐさめを見いだしていた。彼女はそれを、自分が快方に向かっているしるしと受け取った。彼女はよく、数時間の眠りから覚めた後、自分の顔の赤味がほんの少し治まっていることに気がついた。勇気づけられた彼女はソファーに戻り、さらなる睡眠をとるのだった。

 警察は彼女に、初犯だったトムはもう保釈されたことを報せた。彼が再びリタを傷つけることを懸念して、彼らは彼女に、最近彼女がリフォームしたもとのアパートメントには帰らないようにと注意した。さらに彼らは、撮影の現場から現場へと移動し続ける、もとのCMモデルの仕事を彼女に再開しないようにとアドバイスもした。それでリタは親友のジョンとエレンの家に5ヶ月間留まっていた。彼らはみな、その場所を冗談めかしてリタのアジトと呼んでいた。

 リタは、心理的な苦痛が肉体的な苦痛を上回っていることに気づいた。眠っているときでさえも怖ろしい夢が彼女を追い立て、深い心理的苦悩から逃れることを彼女に許さなかった。苦痛と悲嘆のなかで、リタは折にふれて神に向け祈った。

 リタは自分がタイムワープ中であるかのように感じた。眠ってばかりいたせいで彼女はぼんやりとして、自分がいつどこにいるのかよく分からない状態だった。彼女の頭と顔と目は何週間ものあいだ腫れたままだった。そしてリタの心は休まる暇がなかった。医療費のことや、新しい仕事や住み家を見つけることについて、彼女は心配せずにはいられなかった。

 もっとも悪いことに、トムが彼女のあらゆる友人に電話をかけてきていた。彼は彼女を探していた。リタは彼が自分を見つけるのではないかと脅えた。今度こそ、彼女は信じていた、トムは彼女を殺すだろう。

 苦痛と不快感に耐えられないと感じたとき、彼女は自分にこう言い聞かせた――「たぶん、痛みや苦しみの演技をしなければならないお芝居の仕事がそのうち私のところに舞い込んでくるのだろう。私はそれをうまくやってのけるに違いない!そしておそらく私はこの経験を、誰かほかのひとを助けることのために活用することができるだろう」。

 襲撃後の苦痛に満ちた日々に、リタは目のくらむような頭痛に苛まれていた。時が経つにつれて、それはますます酷くなるいっぽうだった。彼女の頭は一日じゅうズキズキと脈うつようであった。

 数週間後、彼女はもはや痛みに耐えられなくなり、何人もの医師に助けを求めた。やがてリタはひとりの歯科矯正医を紹介され、彼が答えを見つけてくれた。

 彼女は頭部と顎の骨の位置を治す必要があった。これらの骨は元の位置に正しく収まっておらず、酷い頭痛の原因となっていたのである。

 彼女は約一年間、咬合治療用のスプリントを装着している必要があると彼は説明した。彼女は彼の指示にしたがった。スプリント自体がもたらす不快感にもかかわらず、それを装着することでリタは、自分の体の状態を制御する力を取り戻しつつあるように感じた。徐々に頭痛は退いていった。数ヶ月後、それは完全になくなった。

 トムの審理が間近に迫っていた。熟慮の末、リタは重要証人として積極的な役割を果たすことに決めた。トムの弁護士が電話をかけてきて告訴を取り下げるように懇願したが、リタは断固として拒否した。警察も含むじつに多くのひとびとが、「殴打事件で女性は常に告訴を取り下げる」と言っていた。リタは、彼女自身のようにひどい殴られ方をしたほかの女性のお手本になりたいと思っていた。彼女は自分の経験した事態に関して陳述をしたかった。そして彼女はトムに、あのような暴虐を犯しておきながら、なんの報いも受けることなしに放免されることがあり得るなどとゆめゆめ考えたりしないよう、はっきり釘を刺しておきたかったのである。

 リタは彼女があらかじめ考えたとおりに事をやり抜いた。やがてトムは裁かれ、有罪の判決を受け、懲役30日の刑を言い渡され、そのうち20日間を刑に服することになった。トムのバカバカしいほどに軽い判決にもかかわらずリタは、やられたらやり返し、彼女に危害を加えた者が実際に裁かれ判決を下されるまで毅然たる態度でその場に臨み続けること、そのための勇気と決意を自分が具えていることを彼女自身に、そしてほかの人々に証明してみせたことを誇りに思っていた。

 

 リタのパーソナリティのタイプが彼女の回復をより困難にしていた。彼女の友人は誰もが常日頃、彼女のことを「強い人」だとみなしていた。彼女は典型的なリーダーであり、ヘルパーだった。ひとは彼女のもとへ助言と援助を求めに行っていた。このため彼女は、弱さを人に見せることに居心地の悪さを感じていた。彼女は自分の苦痛や恐怖を気兼ねなく彼らに示すことが難しかったのである。彼女の友だち仲間は皆、リタが「だいじょうぶ」であることを切に求めているようにみえた。それで彼女は彼らに、表面上は勇気のあるところを見せつけなければならないというプレッシャーを感じていたのだった。そういうわけで、彼女がありのままの本心を打ち明け、すっかり頼ることのできる友人は神であった。

 リタは自分が殴られたのだということを他人に知らせたくなかった。彼女は大半の人間に、怪我の原因は自動車事故だと説明していた。ごく限られた数人だけが真実を知っていた。まだ中西部に住んでいる彼女の両親は、健康面と経済面で非常に困難な時期を経てきたばかりだったので、リタが彼らに話すときは、彼女の体の状態だけでなく事件そのものについても控え目に伝えるようにしていた。

 何週間かが経つうちに、痛みは和らぎ、傷は順調に治っていった。しかし内側の痛みはそうではなかった。彼女は祈りに祈りを重ねたが、内なる傷はまったく癒えることがなかった。

 リタは常に社交的な人間だったが、自分の抱える問題で友人たちに重荷を負わせることを快しとしなかったので、最近は以前より引っ込み思案になっていた。しかし、自分の体験を分かち合いたいという欲求は、無視するにはあまりに切迫したものとなっていた。

 物事を自分のなかにしまい込んでおくことがもはやできなくなったリタは、古くからの、といっても時々顔を合わせるていどの友人だったテリにいっさいを打ち明けた。

 リタは心の内をテリに洗いざらい話した。自分が感じている心理的な苦悩を彼女は言葉に表していった――孤独感、自分を強い人間に見せなければならないという友人からのプレッシャー、トムが再び彼女を襲おうとするのではないかという恐怖、祈りさえも精神的な痛みを止める十分な手立てにもはやならなくなったという事実。彼女はどっと泣き出し、テリの時間を長々と奪ってしまっていることを詫びた。殴打事件の被害者であるということについて深く屈辱を覚えていることも認めた。 

 テリはリタを腕に抱きかかえた。リタが驚いたことに、彼女はすすり泣いていた。「私はあなたがどんな体験してきたかが分かる。それは私にも起きたことなの」。二人の女性は互いに抱き合い、ともに泣いた。

 その晩からリタとテリの友情は深まり、彼らはお互いにとっての力のよりどころになった。リタはテリへの暴行が彼女自身の事件からほんの数週間前に起きていたことを知った。

 テリは肋骨が2本折れ、回復のため病院で4日を過ごした。テリもまた熱心に教会に通い、自分の自立心と才覚に誇りを抱いていた。彼女の年老いた両親は心理面で彼女をサポートすることがほとんどできず、仲間の多くから彼女は理解されていないと感じていた。テリもまた「一人でそれをくぐり抜けてきた」のである。

 いま二人の女性は互いに打ち明け合い、力を貸し合った。痛みを分かち合うことによって、彼らは二人とも、心の重荷と不安が取り除かれていくのを感じた。

 彼らが自身に課した沈黙の誓いがひとたび破られると、リタとテリは殴打についてもっと学びたいという欲求を感じるようになった。なぜそれは起こるのか?だれに対して?どの程度の頻度で?彼らはこのテーマをいっしょに探究していくことに決めた。

 ある日テリは新聞の紙面に、近所の女性たちの避難所で開かれる公開集会の告知を見つけた。殴打の分野の著名な本の著者や専門家が演者になっていた。テリとリタはともに集会に出席する手はずを整えた。

 その木曜の夜に、彼らはそこで何を体験するのかはっきりしないままに、避難所を訪れた。受付のテーブルで参加者のリストを一瞥したリタは、出席者のなかには避難所の住人も含まれているが、大半は外部から来た人だということに気づいた。

 演者が紹介され、スライドの提示でプログラムがはじまった。殴打事件の被害者の写真をリタは本や雑誌で何枚か見たことはあったが、演者が示しているような詳細な拡大写真に向き合うのははじめてだった。スライドは傷ついた女性たちを映し出していた――殴られ……血を流し……損なわれて。一度見たら忘れられないたくさんの悲しげな眼が、傷つき腫れあがった顔が、こちらを見つめていた。若い女の子、熟年の女性、お年寄りまで――みな殴打の被害者である。ひとりひとりが違っている。しかし、ある意味ではショッキングなまでに似かよっている。

 リタは自分が過去からやってきた彼女自身の鏡像を再び見つめているかのように感じた。どうして?どうして?どうしてこんなことが起きるのか?彼女は自分自身に問いかけた。

 照明が点いた。すすり泣きや溜め息や鼻をかむ音が会場を満たした。その時になってリタは自分の顔が濡れていることに気がついた。彼女の横に座っているテリも涙ぐんでいた。

 スライド紹介のあと、演者は殴打の全般的傾向について議論し、この暴力的犯罪の衝撃的なまでに高い発生率の統計を示した。事実。図表。すべてはおぞましかった。すべてはおそろしかった。そして不幸なことに、すべては真実だった。

 演者が話したもっとも悲しい事柄のひとつは、暴行を受けた女性の大半が訴えを起こさないということである。恐怖のため、いやがらせや低い自尊心のため。どれだけ多くの男が、殴る蹴るの虐待をはたらいておきながらなんの代償も支払うことなく自由に表を歩き回っているかと思うと、リタはたまらなく不快になった。自分に暴行を加えた男が――たとえそれが夫であっても――法の裁きを受けるところまでとことん見届けるように、どうしたら女性を勇気づけることができるだろうか?

 公開討論がはじまった。ほぼ全員が議論に加わった。会場の空気はエモーショナルな熱気で包まれていた――痛み、怒り、悲しみ。しかし仲間意識も存在していた。それは議論の助けになった。

 参加者は自己紹介をした。ある人は身の上を語り、ある人は泣いた。自分が一人ではないことの喜びで互いに抱き合う人もいた。リタとテリも話し、自分たちを襲った事件のあらましを短く語った。二人は両方とも、じつに多くの女性が自分を打ちのめした男との生活を続けていることにショックを受けた。