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PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 5 Pain 5/10

Forward Thinking(先のことを考える)

 痛みのもっとも不快な側面のひとつは、それが感覚を圧倒してしまう傾向である。それは接着剤のように私たちにくっつき、満たし、滲みわたり、圧迫し、いったん私たちを手中に捉えると、決して私たちを放そうとしないようにみえる。私たちはそれを止めるためにはほとんどなんでも試してみて、私たちの心をしばらくの間でもそれから逸らそうとする。

 痛みに苦しむ多くの人へのインタビューをとおして、私は大多数の人が、各人に特有の方式のforward thinkingによって、少なくともある程度の痛みの低減を体感していることを知った。

 

 暖かな日曜の朝だった。照明デザイナーでエンジニアのニック・オーティスは、ニュー・イングランドの素敵な家でくつろいでいた。ニックは背が高く、頑健で、見栄えのするバツイチの男性で、実年齢の50歳よりずっと若く見えた。彼は自分の機知と、たいていの状況に対応できる彼の能力にいつも誇りを抱いていた。

 呼び鈴が鳴ってニックは出ていき、ドアを開けた。身だしなみのよい、20代くらいの二人の男が玄関先に立っていた。彼らは地元の新聞デイリー・クロニクルで働く者だと説明し、この通りに住むカールソンさんという購読者の自宅を探しているのだと言った。

 そしていきなり、男の一人がニックを玄関口から乱暴に押しのけた。後ろによろけた彼に拳銃が火を噴き、彼の左腕と胸を撃ち抜いた。咄嗟の判断でニックは隣の部屋に駆け込み、古い22口径のリボルバーを取り出した。彼が考えていたのは、反撃すること、自分の生活を守ることだけだった。部屋につうじる玄関口に出て、彼は犯人に向けて発砲したが、すぐに撃ち返された。バン!バン!二発の銃声が響いた。一発は彼の右の肘を砕き、もう一発は右の上腕を貫通した。ニックは撃たれた腕全体の感覚を失った。彼は使い物にならなくなった右手から武器を持ち替えて、左手で至近距離から発砲をはじめた。彼はいまでも犯人の驚きの表情を覚えている。慌てて彼らは逃げ、車で走り去った。

 ニックはなんとかしてドアを閉めると、足をひきずって電話機に辿り着いた。おびただしく流れ落ちる血が電話の数字を覆い隠したので、救急車の電話番号をダイヤルするのに永遠の時がかかるかと思われた。電話をかけ終わった後、かれは壁にもたれかかり、ゆっくりずり落ちていった。感覚が麻痺し、ぼんやりして、彼はそこにうずくまり、上のほうを見ていた。警察が到着した途端、麻痺状態は消え去り、痛みがぶり返してきた。右腕が灼けるようだった。救急隊員がそこに駆け込んできて、すぐさま胸の傷に注意を向けた。しかしもっとも恐ろしい痛みは何発も弾丸を撃ち込まれたニックの右腕から来ていた。

 ニックは泣き叫び、救急隊員に右腕に添え木をあてるか固定するかしてくれるよう懇願した。しかしその時点で、彼らの関心はもっぱらニックの生命を救うことだった。ぼろぼろになった腕を無頓着に何度も押しのけつつ、彼らは胸の応急処置を続け、彼は再び痙攣状態へと追いやられていった。

 間もなくして救急隊員は彼を待機している救急車へと急いで運んでいった。ニックは、救急隊員がその間ずっと彼の右腕をポンポン弾ませながら彼を乗せて駆けていくあいだに、ストレッチャーの上で自分があげた悲鳴を覚えている。痛みからそれほどの大声で叫んだのは、彼の記憶のなかでもはじめてのことだった。

 数分後、救急車は最寄りの外傷センターに到着した。医師たちは必死になってニックの手当を行った。弾丸の一つは腕の下から胸に入り、脊柱を掠めて、心臓からわずか半インチの所を通っていた。もう一つは右の肘を砕いて貫通していた。三つめはニックの右上腕の骨を完全に粉砕し、筋肉と神経の大部分を破壊していた。

 一流の外科医のドクター・ブリンクリーが呼び出された。彼はあまりにも酷くズタズタにされた右腕の切断を提案した。「この腕が今後のあなたの役に立つとは考えにくいのです、オーティスさん」、ドクターは言った。

 しかしニックは拒否した。「絶対にいやだ」、それが彼の唯一の答えだった。

 弾丸の一つがニックの胸腔に留まっていて、彼は内出血を起こしていた。ドクター・ブリンクリーは容態を安定化させるため胸部手術を行うことに決めた。彼はさらに、ニックが切断することを拒否した傷ついた腕の手術にもとりかかることにした。

 何時間も後に、ニックはICUで目を覚ました。彼の胸は内部の損傷を治療するため、外科的に切開されていた。彼の胸にはいま「ジッパー」的な縫合線が付いていた。そして右腕は、肩から手首まで伸びる巨大なギプスにくるまれていた。

 ニックはICUで意識を回復したり失ったりを繰り返しながら、3日間を過ごした。それから彼は一般病棟へ移され、そこで一週間入院していた。彼は大量の薬剤を投与されており、肉体の痛みは誰か別の人間のものであるかのように遠く感じられた。しかし、自分の腕がこの先どうなるのかについてのぞっとするような不安が彼の脳裏にたえずつきまとっていた。たとえ動くとしても、どの程度まで運動能力が回復するのか、だれも分からなかった。神経が死んでいてまったく動かせないということも考えられた。今から90日後にギプスが取り外されるまで、見きわめる手段はまったくなかった。

 撃たれてから10日後、ニック・オーティスは退院した。5日間を両親の家で過ごし、自分の家に戻るのに十分なだけの力を取り戻したと彼が感じるまで、夜も昼も断続的に眠っていた。自宅に戻ってニックが最初にしたことは、自分の血を掃除することだった。それはあの最悪の日を思い起こさせる陰鬱な目印となって、至るところにこびりついていた。そこで、自分自身の家で、彼の試練がもたらす最大の衝撃がついに彼を襲うのだ。来たるべき月日に備えて、彼は自分の気持ちを引き締めた、自分がこれから痛みや疲弊や抑鬱と闘っていかねばならないことを覚悟しながら。

 その襲撃はニックが瀕死の傷とトラウマを負った最初の機会ではなかった。1974年に、テレビ番組『名探偵ジョーンズ』で照明技術を担当していたとき、彼が歩いていていた足場が崩壊したことがあった。ニックはコンクリートの地面に落下し、脊髄を酷く痛めた。椎間板破裂のため、医師は麻痺が生じることを懸念した。1975年、そして再び1976年に、ニックは脊髄の手術を受けた。

 デリケートな手術はその代償をもたらした。二度目の手術の後、ニックは頭部と背中に慢性の痛みを抱え込むことになった。それは厳しく、容赦なく、休みない痛みだった。彼はその痛みを、もはやこれ以上我慢できないと感じるまでのあいだ、2年にわたって耐え忍んだ。ニックの手術医は、彼を一年間受け持っていた精神科医を相談役として薦めた。ニックはセラピーを有益だと感じたものの、痛みは彼を苛み続けた。最終的に精神科医は、ニックにセント・ヴィンセント病院のペイン・リハビリテーション・プログラムを紹介した。

 ニックは今こう言っている、犯罪被害者であれほかの誰かであれ、自分がもはや万策尽きたと思ったときは、包括的なペイン・プログラムを受けてみることを断固としてお薦めすると。「あなたがそれなりの期間、自分の力で痛みに対処しようと努力してきて、あなたの最善の努力にもかかわらず、なおも慢性かつ制御不能の痛みに悩まされているときは」、ニックは言う、「そのときは専門家の助けを求める時だ」。

 撃たれた後ニックが自宅に戻ってから、彼の肉体に感覚が戻ってきた。彼のあらゆる部分が痛み、強張り、腫れあがった。彼は痛みを感じることなしに動くことがまったくできなかったので、動かずにじっとし続けていた。

 「自分の体の痛みの大半が、体がそれまで経験してきたストレスとトラウマから来ているものだということを私は基本的に知っていたんです」、ニックは最近私にそう語った。「そしてその一部はあのいっさいの麻酔だとか投薬に対する反応でした。だが幸運にも、私はそれらの大半が一過性のものだと認識していたんです」。

 「自分がその時、おぞましい、苦痛に満ちた現実のなかにいることは分かっていました。でもありがたいことに、私の腕と手以外の私の体は回復の途上にあった。それで私は、私の痛みの大半が消え去っている未来を心に思い描きながら、多くの時を過ごしていたんです」

 「ペインスクールで取り組んでいた視覚化の技術と目標設定を思い出して、私はそれを再び活用することにしました。私は自分のために短期の目標を設定したんです、14日かそこらぐらいまでの範囲のね。私は自分が痛みを感じずに歩き回り、動いているメンタルイメージをつくりあげて、私はそれが出来ると誓った。心の目のなかで、私は自分がベッドから起き上がり、家の外を散歩して、新鮮な空気を楽しみ、近所の人たちに話しかけ、スーパーで買い物したり、といった様子を見ていました」

 「私がそう考えるようになってから一週間以内に、痛みの多くは衰えてきました。自宅に帰ってから僅か9日後に、私は最初の散歩に出かけました。もちろん、私はまだ敏感で、ちょっと震えていたけれども、酷い苦しみは感じませんでした。歩き回る適度な運動は治療の効果がありました。そして正直に言うと、私は無力な状態に飽きていたんです」

 ニックの体の大部分の痛みや疼きはかなりの短期間で退いていったが、自分の腕が動くようになるかどうかをめぐる心理的な苦悩は彼を苛んでいた。

 ニックは続く3カ月を、彼の腕からギプスが取り外される日へと思いを馳せながら、肉体的と精神的の両方の力を鍛えていくことに費やしていた。彼は常に腕が動いているところを想像した。欝や恐怖が彼を呑み尽くさんとして脅かしたとき、ニックは反撃に出て、彼の心をもっぱら未来へと指し向けた――自分の腕は動く、それは機能する、それはやがて治癒すると。

 90日が経過したとき、ニックのギプスはついに取り外された。腕は完全に死んでいた――まったくなんの動きもなかった。彼の肘は木のようで、ギプスによって曲げられていた状態のまま堅く硬直していた。ニックは青ざめ弛んだ腕を、他人のもののように見つめていた。

 それからの数週間、ニックは 絶望状態へは沈み込むまいとして必死に戦っていた。幸い彼はドクターを信頼しており、手術が役に立つかもしれないという希望を持ち続けることができた。

 一カ月後、試験的な手術が行われた。手術医はニックの腕の上部を開き、形成されていたカルシウムの袖状のもの――砕けた骨を保護するための自然な生体反応――から神経を掘り出した。彼らは弾丸も除去した。

 手首はぐにゃりと垂れ下がり、手は完全に麻痺していたものの、ニックは理学療法に全力で取り組み、ゆっくりと肘の僅かな運動能力を回復した。そして突然、あらゆる改善が止まった。

 しかしニックはペインスクールで、神経の再生にはしばしば18カ月かそれ以上かかることを学んでいた。これを知っていたことは、彼がセラピーを継続するうえでの支えになった。

 ニックは敗北を認めることを拒否した。傷ついた筋肉と腱は彼の手に、一般に「下垂手」と呼ばれる曲がった状態を引き起こした。それでも彼は筋肉に働きかけ、それらを動かそうと試み続けた。ニックがなにをやっているときでも、もしも手が自由だったら、彼はあの手この手をつかってそれになんらかの運動をさせようとしていた。彼は自分が釘を打つ、バットを振っている、テニスをしている、電灯を吊るしている、材木を割っているなどの、彼が以前にやっていたあらゆる動作をイメージし、再び彼がそれをやると固く心に信じた。

 襲撃から一年半後のある晩、ニックがテレビを観ながら手を動かそうとしていたとき、それまでまったく死んだようだった手首が上に動いた。彼はほとんど信じられなかった。腕にはまったく力がなかったが、少なくとも僅かな動きは生じたのだ。彼は手と手首を動かす試みをいっそう熱心にやりはじめた。

 ニックはさらなる手術を受けた。医師らは彼の手の先の神経を補助させるべく、手の基部から神経を移植した。

 この手術の後、ニックはほとんどの人間が体験することのない、痛みとのまったく新たな関係を発達させた。彼は現実に痛みを待ち遠しく思った、それを感じることを望んだのである。痛めば痛むほど、良くなったしるしだからである。

 数週間のうちに、軽度の疼きがニックの腕にひろがってきた。神経伝達が働いているたしかな証である。そしてとうとう、腕が痛みだした――本当に痛んだ。ニックに関するかぎり、これは怪我の功名だった。

 最近ニックはさらなる手術を受けた。いま、痛みがその腕や手を蹴り上げるたび、ニックはそれを愛でる。時として彼は、チクチクとした、燃えるような痛みを感じることがある。それは明らかに不快な感覚だが、ニック・オーティスにとっては天国のように感じられる。「とっても気持ちよく痛むよ」、ニックは今日そう言っている。

 「ペインスクールでの体験を経てきたことは私にとってラッキーでした」、ニックは言った。「そこのスタッフは私にかけがえのない教えを授けてくれました。もしも人がおのれの痛みや無力に拘泥していたら、その人の人生は痛みと無力に帰着する。私がいま感じている、痛みと対処するためのひとつの方法は、状況を一過性のものと考えることです。一生懸命取り組んでいれば、いつかこのいっさいから脱け出ることができることを私は知っています」。

 たとえごく限られた腕の使い方しかできないとしても、自分ができることに集中することが有益なのだとニックは気がついている。

 「何カ月もの熱心なセラピーの末に、私はついに右手で字を書くことができるようになりました」、最近ニックはそう言った。「手はちょっと震えているけれど、でもできたのです」。

 「あなたの秘訣はなんですか?あなたが考えていることは、あなたが再び健常な動作ができるようになることの助けになっていると思いますか?」、最後の質問として私は尋ねた。

 「そうですね」、彼は答えた、「私はかつてそうだったのとまったく同じ、頑健で、力強く、活発な、自分の手のメンタルイメージを保ち続けています。そして私は、再び釘を打ち、のこぎりを使うといったような、自分がかつて行っていたあらゆる物理的な動作ができるようになっている未来の時を思い描きます。私が頭のなかに抱いているイメージは損なわれた腕ではなく健康な腕のイメージです。自分の手であらゆる種類の事柄をやっているところを、心のなかで視覚化します。視覚化は必須です。より健康になっている未来をイメージすることもね」。