PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 4 Anger 9/9

隠れた怒り

 大部分において、私は自分の怒りを常に自由にあからさまに表してきた。それは私にとっても、他の皆にとっても、明らかに見てとれる状態でそこにある。しかしほかの多くの人々にとって、怒りはそれがそこに存在することに気づくことすらできないくらい静かに、その人の裡に潜伏しているものである。

 

 ドンナ・エヴァンスは、舞台での華々しいキャリアに加えて最近は映画への出演の機会も急激に増えている、美しく知的なニューヨークの女優である。彼女は強い、自立した女性で、「恐れを知らない」と形容できそうなほどである。1979年、ドンナにとって物事は上り調子だった。仕事はコンスタントにあり、マンハッタンの彼女の素敵なアパートメントの改装をちょうど終え、後に彼女の夫となる、エドというハンサムで才能ある若い俳優と知り合って間もなかった。

 ある晩、ドンナが彼女のアパートのロビーに足を踏み入れたとき、彼女はナイフをちらつかせた二人のティーンエイジャーに声をかけられた。ドンナは動転した。彼女は彼らが自分を刺し殺そうとしているのではないかと脅えた。しかし彼女は努めて冷静にふるまおうとしていた。

 ティーンたちはみだらなしぐさをし、彼女を傷つけるか、あるいはレイプしようという意志をもっているらしかった。彼女は彼らを説得してやめさせようと試みた。加害者に話しかけたことが彼女の命を救ったことはあり得るが、それは彼ら二人が彼女を性的に暴行することまで防ぐには至らなかった。レイプの後で、彼らは現れたとき同様に、不意に姿を消した。

 ドンナは彼女が襲われた直後を深い葛藤の時期として覚えている。彼女の主たる感情は罪悪感で、怒りではなかった。彼女は若いレイピストに対して怒りも憎しみも感じなかった。彼女への性的暴行の本当の理由は、あの少年たちが社会的、経済的に恵まれていなかったからだと彼女は思った。警察への届け出のあとで彼女は、ティーンの時期に犯したこのたった一つの犯罪が彼らの残りの人生を駄目にしてしまうのではないかと心配した。彼女が感じた唯一の怒りは、これらの少年をあんな風にした社会に対してのものだった。

 ドンナは性的暴行の直後に、ヒステリックな、あるいは顕著に感情的な反応を示さなかった。彼女の生活で唯一変化したのは、男性とどう関わるかに関する点だった。だんだん頻繁に、彼女はまったく知らない男性に彼女のレイプの話をして彼らを挑発し、彼らに罪悪感を抱かせている自分に気づくようになっていった。

 しかし彼女は、自分の身に起こったことに対して、さりげない、平然とした態度を装っていた。彼女の新しいボーイフレンドがレイプから一週間後に彼女に電話をした。「なにか変わったことはなかった?」とエドが尋ねたとき、彼女はのんきな調子で、「ああそうそう、こないだレイプされた」と答えた。

 ドンナは彼女の人生を続けていった。物事は速やかに正常に戻った。彼女はすっきりした気分で落ち着いていた。いかなる怒りや苦悩も表面化することはなかった。死に到る恐れもある暴行を生き延びたのだと彼女は思った。そして彼女は、自分がこの出来事に対して心理的に順応済みだと心から信じていた。

 被害に遭ってから2カ月後、ドンナは大きなレパートリー劇団との古典的演目で主役を演じるため、ニューヨークを離れた。彼女はこの仕事に興奮していて、おおいなるエネルギーと意欲をもってリハーサルにとりかかった。ところがリハーサルが始まるか始まらないかのうちから、彼女は一時的な失神状態に何度も陥るようになり始めた。

 何日間も失神の発作が続いた。ドンナは病院や開業医のところへ行って検査を受けたが、気まぐれな失神の医学的理由は見つからなかった。日を追うごとに彼女は感情のコントロールを失っていった。彼女の生が丸ごと、彼女の周りで崩れ落ちていくようだった。

 たまたまその近所に住んでいた、ハイスクール時代からの旧友のエレンがドンナとコンタクトを取った。二人が会ったとき、ドンナはエレンにここ数カ月の間に彼女に起こったことの一部始終を話した。エレンはたまたま、近所にある、国内でも最高水準のもののひとつだとされているレイプ・クライシス・センターでボランティアとして働いていた。彼女は、ドンナがいま抱えている問題は性的暴行を受けたことと直接関係しているのではないかとの考えを述べた。ドンナにはそれが本当のことだとはまったく信じられなかったが、それでも彼女はセンターに電話をかけて、アポイントメントを取ることに同意した。

 ドンナの担当になったのは、すぐれたセラピストのジーン・クレイグであった。臨床心理学者のジーンは長年レイプ被害者のケアを手がけてきており、献身的で疲れを知らないカウンセラーだった。

 そうして始まったセラピーは、ドンナから迸る怒りの爆発を引き起こした。レイプされたことに対する強力な、胸をえぐられるような、未解消の怒りが、最近彼女を襲った意識の断線の直接的原因であることはすぐ明らかになった。ドンナのなかの怒りはあまりにも長い間潜伏を続けていた。それは解放を必要とし、完全なるコントロールの喪失という究極のアクト、すなわち失神あるいは気絶にはけ口を見いだしたのだった。彼女のみたところは完全に順応済みの数カ月にもかかわらず、性的暴行の心理的影響は、その間ずっと彼女の心を蝕んでいたのである。

 ドンナは週に5日、ジーンとの面談の機会をもった。彼らはレイプそのものについて、ドンナのその後の罪悪感について、彼女の失神を引き起こしている強い怒りについて語った。ドンナはセラピーをとおして、はけ口を求めて彼女のなかで暴れ回っている怒りの存在をしった。ドンナはレイプを軽視する彼女の習慣を捨て去った。彼女のカウンセラーの助けによって、彼女は性的暴行が本当はどういうものなのかを認識しはじめた――彼女の肉体と精神の両方に対する、怖ろしい、苦痛に満ちた、不当な攻撃である。

 何時間も続けて、ドンナはジーンに話した。徐々に彼女は罪悪感の軛と重しから自身を解放していった。ドンナはティーンエイジャーのレイピストたちがどういう人間だったのかを理解しはじめた――貧しさに苦しめられた成長の過程にもかかわらず、彼らの暴力行為に対して責任があり、報いを受けなければならない、若い犯罪者。さらに彼女は、彼らのうちのある者が犯した犯罪によってすべての男を責め立て「罰する」のではなく、彼女の敵意を当の加害者に対して向けることを学んだ。

 ドンナの状態がセラピーによって改善していくにつれて、失神の回数は減っていき、やがて消失した。彼女は怒りをある程度保持していたが、それとのつきあいかたを学んで、安全にそれを表現できるようになっていった。今日に至るまでドンナは、レイプのトラウマが招いた、遅延はしたがきわめて強力な感情的反応からの回復へと彼女を導いてくれたセラピーに感謝の念を抱いている。

 

 再び言う、私はセラピーが万能薬であるとは思わないが、しかし犯罪被害に遭った私たちの多くにとってセラピストの助けは、自分の怒りを特定し理解すること、私たちの正当な怒りに対処するための有効で適切な手段を明らかにすること、そうしてよりよい心の健康へむかって前進していくことへと、私たちを導いてくれるものである。