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PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 4 Anger 3/9

 私は自分がまだ車いす生活を余儀なくされていた頃の、映画テレビ基金病院でのある出来事を覚えている。私の左腕は石膏でくるまれていて、私は助けなしでは病院内のあちこちを動くことができなかった。私は自由なほうの腕で車いすの右車輪だけしか押すことができなかったので、車いすは前に進むというよりは弧を描いて回転したのだ。

 私は午前6時から起きていて、憂鬱で愚痴っぽくなり、退屈で気が散っていた。ようやく8時を回り、理学療法のために私が連れ出される時間になった。治療は苦痛だったけれども、殺風景な小部屋にただ座っているだけの単調さから逃れられるのを待ちわびていたのである。

 8時15分になっても私をトレーニングルームへ連れていくスタッフは現れず、私は呼び鈴を鳴らして看護師を呼んだ。しばらくして看護師がやって来て、人手が足りないので待ってもらわなくてはいけないと私に告げた。

 母はカフェテリアに朝食をとりに行っており、私はこの場に捕らえられた状態だった。のろのろと過ぎてゆく時間のなかで、私はどうすることもできずそこに座っていた。8時30分が来て、45分になり、それでもスタッフはやって来なかった。再び私は呼び鈴を鳴らした。キビキビした看護師がインターホンごしにきつい口調で言った、「テレサ、あなたは待ってなくてはいけません!」。

 私は檻に入れられた動物のような気分になった。怒りが私のなかにフツフツと沸き起こってきた。植物みたいにここでじっと座っていてたまるかと私は自分に向かって唱えた――自分ひとりでセラピーに行ってやろう。

 そして私は右手で車いすを押し始めた。車いすは左によろめいた。そこで私は右腕を自分の体越しに伸ばして――それはかなりの痛みを私に引き起こした――左の車輪を押した。今度は車いすは右に曲がった。

 私は右を押し、左を押し、また右を、左を押しを何度も繰り返した。押すごとに車いすはほんの数インチばかり前に進んだ。30分後、私はどうにかこうにか――ゼーゼーと息を切らしながら――部屋の外に転がり出て、人気のない廊下を数ヤードほど進むことに成功していた。トレーニングルームはさらに三本廊下を通ってからエレベーターに乗って下に下り、そこからさらに二本の長大な、紆余曲折の道のりを辿りきった地点にあった。重労働に汗まみれになって私は小休止し、このペースでノロノロと前進していった場合、トレーニングルームに辿り着くのにおおよそ4時間を要するとの見積もりを得た。この計算結果は私を激怒させ、そして私は完全にブチ切れた。私はバンバンバンと車いすのひじ掛けをぶっ叩き、右の車輪をひっ掴むと怒り狂いながら何度も何度も押しまくった。車いすは左旋回し、私は目まいを起こしそうな、激情に満ち満ちた円を描いてクルクルとその場で回転した。繰り返し私は押し、繰り返し私は回った。Jウイングの廊下の真ん中で、私は狂気のコマのごとき大回転に及んだのである。

 それから、目の回る回転の何周目かで、ある考えが私をおそった、「いやちょっと待て、私はあほのようにみえているに違いない」。私はその場で動きを止めると、笑い転げた。私は自分の怒りがいかにバカバカしい様式をとって表われていたかに気づいた。私の演じていたスペクタクルを思い返してみた――怒りで眉間にしわを寄せ、ピンクのネグリジェを疾風にパタパタとはためかせ、およそ馬鹿げた大立腹の発作で時間と体力を浪費している、車いすに乗せられたイスラムの旋舞教団。

 私は体を折り曲げて笑いこけ、ナースキャップの女性たちがナースステーションから私のことを見つめていないかを確認した。じきにスタッフが私のほうに歩いてきてこう言った、「もう下に降りる準備ができてる?」。私はうなずいて再び大笑いをはじめた。スタッフは言った、「あれ?なんだか今朝は機嫌がよさそうだね」。

 もしも私が自分がばかっぽい――そして笑える――行動をしていると、スタッフがやって来る前に気づいて我に返っていなかったら、私は哀れなスタッフに食ってかかり、号泣していたことだろう。代わりに私は事の顛末を彼に話して、私たちはクスクス笑い合った。彼は遅れたことを詫びたが、その日は二人のスタッフが病欠していたのだと釈明した。不必要な大噴火はこうして避けられた。

 怒りの可笑しな側面をみつけようとするすべての試みがうまくいくと期待することはできない。しかし、確かにそれは試してみる価値がある。

 

 深刻な病気にかかっている人やハンディキャップを負った人だけでなく犯罪被害者も、自分の陥った苦境や、あるいは自分の不幸な状況をコントロールできないことに対する無力感からくる怒りの感情を抱くことがしばしばある。この怒りは辛辣で意地の悪い気質や、病的な不満、嘆きの表明や、怖ろしい怒りの発作となって顕在化する。しかしなかには、自分の怒りをユーモアをとおして表現するすべを――多くの場合試行錯誤を経て――身につけている人もいる。そんな人々は、かれらの外観、かれらの受けた暴行、かれらを食い荒らしている癌細胞、かれらの期待薄な結婚の見込み、かれらの使い物にならなくなった肢、そのほかかれらの窮状に関連するいかなることも、皮肉っぽい可笑しさをこめて言い表し、かれら自身やほかの人々を楽しませるのだ。かれらは怒りに対処するために、笑いがかれらの――そしてほかの人々の――役に立つことを知っている。私は少なくとも時々は、そうした人間のひとりである。私の友人のフランクもそうである。

 

***

 

 フランク・ギャレットはゆかいな、ゆかいな人物である。かつてはバレー団に所属していたダンサーだった彼はいま、意欲的なディレクターにしてライターである。そして彼はまた犯罪被害者でもある。

 1984年の8月、フランクはいつもの朝のように、「生きるための」タクシー・ドライバーの仕事に向かうべく、Fラインでバーゲン・ストリートまで乗って行った。地下鉄の駅を出て、小さな街区を二つ歩けばタクシー会社の車庫だった。ちょうど朝日が昇りはじめたころだった。

 フランクが10ヤードも歩いたか歩かないうちに、彼は背後でキーがジャラジャラいう金属的な音を聞いた。その音が悪夢のはじまりを告げるしらせだった。

 フランクは振り向いて後ろに誰がいるのか見ようとしたが、10代後半の少年が素早く彼の脇に回り、こめかみに銃を押し付けた。数秒の間、フランクは背後にいる誰かが彼のポケットをまさぐっているのを感じた。そして――バーン!銃が炸裂した。

 フランクは自分が地面に横たわっているのに気がついた。なんの痛みもなかった。首から下はまったく感覚がなかった。「なんてこった、僕は麻痺してしまった」、彼は思った。フランクはなにか濡れたものが顔を流れ落ちていくのを感じた。彼のなかの声が言った、「僕は死んでいく。僕はバーゲン・ストリートで死んでいく」。彼の死の確からしさは、彼が横たわっている舗道ほどにも堅く冷たかった。

 不意にフランクは動きたいという切迫した衝動を感じた。トランス様の麻痺状態のなかで彼はなんとかして足を動かした。彼は自分がまったく麻痺などしていないことに気がついた。妙な具合に感覚を失い、しびれていただけだったのだ。

 彼のそばに一人の男性が現れ、彼の手を取って言った、「安心してください、私の妻が警察を呼びましたから」。フランクは瞬きもせず、その知らない人を見つめた。その人は親切だった。しかし彼が、フランクの頭部に空いた、小さな致命的な銃口を目にすることからくるゾッとするような悪感を抑え込もうと格闘していることは明らかだった。そこらじゅうが血だらけだった。

 フランクは男性に寄り掛かって、どうにか前へと進んだ。ほんの5、6歩歩いたところで警察が到着した。それからマッド・レースがはじまった。担当者がフランクを病院へといそぎ運んだ。数分後に車はサイレンを鳴らしながら緊急出入り口に乗り入れた。

 フランクは警察官とともに走って入っていった。彼のへなへなの脚は自発的に動いているようだった。そして彼の口も。彼はしゃべることを止めることができなかった。「ヘレンを呼んでくれ」、彼は何度も何度も繰り返した。「ヘレンを呼んで。僕は死ぬんだろう?ヘレンを呼んでくれ」、彼は服を脱がされ、カテーテルを挿入され、輸血の管を取り付けられ、X線検査をされながらもなおしゃべり続けていた。繰り返し彼は叫んだ、「ヘレンを呼んでくれ」。

 ついいヘレンが到着した、過去からの――銃弾に撃たれる前彼が生きていた世界からのパズルの1ピースのように。彼らは付き合いだしてから8カ月以上が経ち、実質的に共に暮らしていて、深く愛し合い、日ごとに親密さを増していた。

 フランクは絶望的な気分で彼女にしがみついた。「僕は死ぬのかい、ヘレン?」。彼女は青ざめ、表情はこわばり、涙ぐんでいた。彼女は彼を赤ん坊のように抱きしめ、優しくささやいた、「あなたはきっと良くなるわ」。フランクは彼女を信じようとした。

 神経外科医が到着して、ドクター・アイザックスだと自己紹介した。彼は親切で誠実そうだった。フランクは尋ねた、「弾丸はどこにありますか?」。

 ドクターは「見てみましょう」と答えて、CATスキャンを手配した。

 検査の後かれらが待っているあいだ、湧き上がる感情がフランクのなかを駆け巡った。彼は自分を、肉体的に頑健で、精力的で、立ち直りも速い人間だと感じていた。しかし彼の頭は「ボーッとしてフワフワして」、彼の心は別の惑星上にあるかのようだった。

 X線装置が運び込まれた。アイザックス先生ははっきりと分かる白い点を指して、シンプルに「これです」と言った。

 フランクは信じられない思いでじっと見つめた。部屋は沈黙した。言葉に表されることはない、ぞっとするような恐怖が空気を満たしていた。弾丸は彼の脳のど真ん中に留まっていた。

 フランクは震える声で尋ねた、「それを摘出することはできますか?」。

 ドクターの声は、反響室から聞こえてくるかのように、彼のなかで繰り返し鳴り響いた。

Nooooooooooooooooooo

  Noooooooooooooo

   Nooooooooo

 アイザックス先生はこの先起きることを説明した。手術。弾丸を摘出するためではない――それは取り出すにはあまりにも深く埋まりこんでしまっている。しかし、アイザックス先生がフランクに説明するところによると、弾丸が頭蓋に侵入していったとき、それは骨の破片や髪の毛や皮膚をいっしょに引き入れてしまっていた。手術の目的はそれらのものをできる限り除去することであった。

 午前10時。弾丸がフランクの脳に突入してから4時間が経っていた。髪の毛が短く剃られた。冷たく痺れた感覚を感じた。

 フランクはぐったりとして麻酔師を横目で見上げながら、手術前検査室に横たわっていた。

 「チャンスはどれくらいですか?」

 「およそ75パーセント」

 「オー!ゴッド!」

 麻酔薬が効果を顕しはじめた。フランクは部屋のなかのひとびとを見回した。彼らに対する言い知れぬ愛を彼は覚え、彼らが彼を応援し、彼を生き延びさせようとしているのを感じとった。彼は懸命に涙をこらえて、「あなたたち皆の幸運を祈ります」と言った。それから彼は意識を失った。

 何時間もの後フランクは目を覚まし、自分がこの危機を乗り越えられたことに驚いた。そして、病院での一週間の生活がはじまった。ヘレンはそこに昼も夜もいた、天使のように、主からの贈り物のように、優しく、愛情に満ち、彼の支えとなって。友人だちがやって来て、彼らはみなフランクがどれだけ「ラッキー」だったかを力説した。

 しかしドクターらはフランクのチャンスに関して率直だった。彼が百歳まで生きることは可能である、もしも副作用や苦痛を伴う症状が、生じたとしてもごくわずかであれば。しかし腫瘍が形成されてしまったら、フランクはいつでも死に到るおそれがあった。「脳についてはあまりにも少ししか分かっていないんです」と彼らは嘆息した。

 ドクターができることは、弾丸が移動しないこと、そして感染症が起こらないことを願うことだけだった。フランクができることは、体力を回復するよう励むとともに、彼の新たな現実に順応するよう努力することだけだった。彼の脳のなかには取り出すことのできない銃弾がある。彼の人生は明日にも、あるいは今日にも終わりを迎えるかもしれない。以前と同じものはなにもなかった。

 襲撃後のフランクの日々は、困難できびしいものであった。しかし二つのものによって、彼は活力とたたかう気持ちを保ち続けることができた――彼の怒りとユーモアのセンスである。

 彼の身に起こった出来事の苦さと、彼の人生を支配している恐ろしい不確かさがフランクの心をいっぱいにしていた。彼は自分を打ちのめした銃撃者に激しく憤った。彼は突然の、抑えきれない怒りの爆発におそわれ、挙句の果てに消耗しきってぐったりとし、震えていることもあった。

 しかし彼はすぐに、彼の怒りや苦痛にまわりのひとびとが対処することは難しいという事実に気がついた。もしも彼が怒りの発作を、それと同じだけの数の笑いの発作に読み替えていったら、そのほうが彼自身にとっても、ヘレンにとっても、ほかの人々にとっても、ずっと楽だということを彼は理解したのである。フランクが苦痛にもかかわらず笑うようになった時、彼は自分が何も失ってなどいないことに気づいた。彼はなおも考えることができ、なおも人生を楽しむことができ、彼のありのままの、痛烈な機知をもってひとと接することができたのである。