PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

犯罪被害者の二次被害:小金井ストーカー事件の場合 4/5

関係者の知る冨田真由さん

とかく参照されることの多いウィキペディアが小金井事件の記事(記事の表題は「小金井ストーカー殺人未遂事件」:2018年11月現在)で被害者の肩書を正確に記述していることはせめてもの救いである。

Aは東京都内の私立大学に在籍している大学生で[8]、女優やシンガーソングライターとして活動していた[9]。なお事件当初はかつてAがアイドル的な活動を行っていたことから『アイドル刺傷』とした見出しがマスメディアに掲載され[10]、その後関係者や第三者の抗議により後の報道では表記を修正した。

ここにある「女優やシンガーソングライターとして活動していた」という記述自体はもちろん正確だが、その出典に挙げられている産経新聞の記事 [9] はそこらへんの素人が書き散らかしたブログの記事にも劣る粗悪きわまりない記事である。

 重体になっている冨田真由さんは学業のかたわら、芸能活動に熱心に取り組んでいた。最近はアイドルからの路線変更も公言するなど、夢に向けて邁進(まいしん)している矢先の事件だった。「アイドルとしてやってきたが、これからはシンガー・ソングライターでやりたい」。事件現場となったイベント会場のオーナー男性によると、冨田さんは最近こんな目標を打ち明けていたという。冨田さんは約4年前、アイドルグループのメンバーとしてCDデビューを飾っていた(5月23日付 産経新聞のネット記事)。

被害者が結局はアイドルの亜流だったと読者に印象づけたいがためにアイドルアイドルと連呼し、記事に付されたタグも「アイドル刺傷」である。女優についてはそもそもいっさいふれていない。4年前にCDデビューしたアイドルユニットが女優としてアイドル役を演じたドラマから派生したユニットだったことも書かれていない(「伏せられている」と言うべきかもしれない)。女優業から派生したいっときのアイドル活動を3年以上前に終えてからは2015年秋のシンガーソングライターの活動開始までもっぱら女優としてやってきた冨田さんが言うはずのない「アイドルとしてやってきた」の台詞や「最近はアイドルからの路線変更も公言する」の記述は、シンガーソングライターだとの異論におびやかされつつあった「被害者はアイドル」の嘘の設定になんとか辻褄をつけるために記者がひねり出した苦し紛れの嘘の上塗りである。信じがたいことに、冨田さんが女優・シンガーソングライターとして活動していた人だという基本的事実の典拠として引けるような記事は大手メディアの報道には本当に皆無なのである。ウィキペディアは被害者の実名を一切出さない編集方針を取っているので致し方ないのだが、冨田さんがどのような芸能活動をしていた人なのかを伝える記述の出典とするのに本来一番ふさわしいのは一次資料、すなわち冨田さんの公式ブログである。

 

おそらくどこかの素人が書いたのだろうウィキペディアの記述は、この国の「プロ」のメディアが被害者の肩書を報じるにあたって一次資料を参照するという基本中の基本を終始怠っていた恥ずべき事実も的確に指摘している。「その後関係者や第三者の抗議により後の報道では表記を修正した」――そう、たしかに多くのメディアは冨田さんの肩書を後に修正した。だがその修正とは、ここに書かれているとおり、事実を自ら調べたうえで修正したのではなく、「関係者や第三者の抗議により」、要は他人に言われて変えたのだ。関係者、つまり冨田さんの芸能活動をよく知る共演者やプロデューサー、脚本家、演出家、映画監督、あるいは以前からのファンは、事件直後にメディアが冨田さんをアイドルだと一斉に報じたことに憤りを覚え異を唱えている点では共通していたが、女優の冨田さんとシンガーソングライターの冨田さんのどちらをよく知っているかに応じて、冨田さんはアイドルではなく女優だと言う人とシンガーソングライターだと言う人に分かれていた。

 

冨田さんが根岸佳苗役で映画初出演を果たした作品『ボクが修学旅行に行けなかった理由』の監督である草野翔吾さんは事件発生直後にツイッターで次のように記している。

SNSなんて開きたくもない気分だけど、眠れないので一つだけ。アイドルが良い悪いという話ではなく、冨田真由さんはアイドルではなく、女優です。ここ数年はシンガーソングライターとしても活動しています

https://twitter.com/KusanoKid/status/734058031969800192

*

冨田真由さんの件、やはりアイドルとして報道されているのに違和感と危機感を覚える。冨田さんは女優でありシンガーソングライターだし、もし本人がどこかで自分はアイドルだと言っていたとしても(僕の知る限り、そんなこと無いけど)少なくとも事件が起こったのはアイドル活動をする日ではない。

https://twitter.com/KusanoKid/status/734595381099651074

 草野さんはシンガーソングライターの活動のほうにもふれているけれども、順番はあくまで女優・シンガーソングライターであってその逆になることはないだろう。事件当夜のツイッターの返信にあるように、草野監督にとって冨田さんは「非常に思い入れのある映画に出てくれた非常に思い入れのある女優さん」なのだから。

非常に思い入れのある映画に出てくれた非常に思い入れのある女優さんです。また必ず一緒に仕事したいと思い続けてます。

https://twitter.com/KusanoKid/status/734217062373941248

 

後の裁判の際に冨田さんが被害者参加制度を利用する意向であることを伝える報道を受け、

冨田真由さん、被害者参加制度を利用。「自分が被害に遭った事件の裁判を、自分の目で見て、聞きたかったことと、自分にしか言えないことがたくさんあるので、そのことは伝えなければいけないと思った」。
凄い。本当に強い。強く生きてる。

https://twitter.com/KusanoKid/status/833534269674778624

そう言って冨田さんの強さを讃嘆していた草野監督の翌日のツイートが一転して悲痛な色を帯びているのは、なによりも冨田さんの調書の中に「もう女優は無理だと思う」の言葉があることを知ったたためだろうと思う。

冨田さんに始めて会った日のことを何度も思い出してしまう。ギターを背負ってきた冨田さんと、好きな音楽の話をして、ギターの練習をした。本当にお芝居と音楽が好きなんだなと感じた。高校卒業後の進路を悩んでいた冨田さんに、東京の大学に進学して、女優を続けたらいいと言ってしまった。

https://twitter.com/KusanoKid/status/833653302139068416

*

舞台挨拶を見に来てくれた冨田さんのご両親は「東京は怖い所だから不安だ」と言っていた。その時、「そんなことないですよ」と言ってしまったことを、死ぬまで後悔し続けると思う。犯人も法律に守られているということは理解しつつも納得は出来ない。死ぬまで服役し後悔して欲しい。

https://twitter.com/KusanoKid/status/833653426466623488

 

*

 

冨田さんが出演した多くの舞台作品の脚本、演出を手掛けており、冨田さんの主演作『ロマンス』の脚本を「真由のために書いた」園田英樹さんはやはりツイッターで冨田さんを「演劇仲間」と呼んでいる。

演劇仲間である冨田真由さんが、被害にあったというのを聞いた日から、心が安まる日はありませんでした。
ご家族に迷惑がかかったりするかもしれないと思い、沈黙するしかない日々でした。
意識が回復したという情報を知り、本当に安堵しました。

https://twitter.com/sonodahideki/status/741044078465323012

 

*

 

冨田さんをアイドルに仕立て上げるため、警察とメディアは冨田さんのキャリアをとおして唯一のアイドル活動であるシークレットガールズを最大限に「利用」した。警察はメディアに向かって3年以上前のシークレットガールズ時代の被害者の情報を選択的に流し、TVメディアは冨田さんがシークレットガールズのライブでアイドルの衣装を身に着け歌っている3年以上前の映像を何度も何度も繰り返し流して、この人はアイドルだという印象を日本中の視聴者に刷り込み続けた。その汚い工作がドラマ『シークレットガールズ』の脚本家の三浦有為子さんを苦悩に逐いやっている。

一番思ってしまったのは、もし彼女がEYEちゃんに選ばれなかったら
こんな事は起こらなかったのではないか……という事だ。
たくさんの美しい候補者の中から、ダントツの魅力で彼女はEYEに選ばれた。
この子がEYEちゃんだよと聞いて、すごく嬉しかったのを今も覚えている。
加害者の動機はまだ完全には分からないし、
彼がEYEちゃんのファンだったかどうかも分からない。
でも、もしEYEちゃんに選ばれなかったら、彼女は普通に女優として活動して
「アイドル活動していた」なんて報道はされなかったんじゃないか?とか。
と同時に彼女のEYEちゃんが私は大好きだったし、
たくさんの視聴者のみんな(主に小中学生女子)もそうだったし、
勇気と希望を与えられてきた。(と思う)
セカンドシーズンの義理のお母さんを受け入れる話も、
彼女のEYEちゃんだから書く事を許されたように思っている。
だから、彼女がEYEだった事に私は感謝しているし、否定もしたくない。
だが、それが悲劇の一因だったのかも……。
そんな事を思うと、もうどうしていいか本当に分からなくなってしまっていた。

http://blog.livedoor.jp/oui0214/archives/52156453.html

「もし彼女がEYEちゃんに選ばれなかったらこんな事は起こらなかったのではないか」の「こんな事」には二つの意味が籠められている。ひとつは、もしも冨田さんがシークレットガールズのドラマでアイドル役を演じたことがきっかけで一時的であれアイドル活動をすることがなければ、女優は女優でもアイドル役ではない別の役を別の作品で演じてきていれば、アイドルオタクだったのかもしれないあの男の目に留まることはなかったのではないかということである。これについてははっきりと否定できる材料がある。あの男が冨田さんを知ったのはシークレットガールズの活動が終了した後の2014年であり、裁判の検察側冒頭陳述で述べられているように、冨田さんに興味をもってネットで調べたあの男は冨田さんを「女優」だと認識している。さらに付言すれば、シークレットガールズはあわよくばメンバーの一人と交際したいなどと下心を抱いている男のアイドルオタクが現場にいたら相当浮いてしまうような、三浦さんのブログの記述にあるとおりの「主に小中学生女子」が応援するアイドルである。

 

「こんな事」の二つめの意味は、「もしEYEちゃんに選ばれなかったら、彼女は普通に女優として活動して『アイドル活動していた』なんて報道はされなかったんじゃないか」、女優であるにも拘わらずいわれなきアイドルのレッテルを貼られて誤解や中傷を受けることはなかったのではないかということである。しかしその点に関して三浦さんが負い目を感じる必要はいっさいない。人の作品を世論誘導の好都合な材料だとしか思っていないこの国の腐った警察とメディアが100%悪いのだ。自身が脚本を手掛けるドラマの役に冨田さんが抜擢されたことを本当に嬉しく思い、冨田さんの演じるEYEという役を本当に愛しながら冨田さんと共に作品を創り上げていた人にこんなにも悲しく苦しい思いを抱かせた警察とメディアは、自分たちがしたことを胸に手を当ててよく考えてみるがいいだろう。

 

*

 

田村JINさんの知る冨田さんは何よりも、主催者であり共演者でもあるライブで自作の歌をギター弾き語りで歌っていた冨田さん、そしてそのライブの折などに会話を交わす中で音楽への思いやこれからの音楽活動の夢を語っていた冨田さんであったはずだから、田村さんが強く願うことは、冨田さんを自分が知っているとおりの「シンガーソングライター」だとメディアに正しく報道してもらうことだった。

【私の知る冨田真由ちゃん】
 
私は取材を請ける際にお願い(条件)を3つ出しています。
1、彼女の状況を教えてもらいたい。
2、二次災害もあるので慎重に取り扱ってもらいたい。

そして3つ目はとても重要で言い続けています。
段々マスコミの方もご理解いただけ始めた気がしているのですが、
 
3、彼女はアイドルでは無い。
 『弾き語り』をしているミュージシャン、
 オリジナル(自分の歌)を持っているアーティスト、
 『シンガーソングライター』です。
 そう表記してもらいたい。

https://www.facebook.com/joypopjoy/posts/10209592022818899

https://ameblo.jp/joypopjoy/entry-12164246103.html

 

女優とシンガーソングライターの二本柱で活動してきた冨田さんの肖像が関係者のあいだでも二様に大別されるのは自然なことである。どちらかが正しくてどちらかが間違っているわけではない。片方だけ拾い上げて片方を捨て去ってよいわけでもない。いっぽう「アイドルではなく〇〇」の前段の「アイドルではなく」に関しては関係者の一致をみているが、草野監督が言うようにそれは別に「アイドルが良い悪いという話ではなく」、端的に事実と異なっているということである。関係者が口を揃えてアイドルではないと言っている以上、冨田さんをアイドルだと報じることはアイドルが良い悪いの問題ではなく端的に「誤報」なのである。実際に冨田さんと共に芸能活動を行ってきた関係者の言葉より、被害者はアイドルだとどうやら言い張っていたらしい警察の広報のほうが信頼に足る理由などあるはずがない。これらの関係者よりもさらに信頼性の高い情報源があるとすればそれはただ一つ、冨田さんご本人である。だから私はこの稿の冒頭で、冨田さんがどのような芸能活動をしてきた人かを冨田さんの公式ブログを参照して検証した。その結果は明白で、冨田さんは草野監督が言うとおり女優・シンガーソングライターである。

 

冨田さんが被害に遭ったのがたまたまシンガーソングライターの活動時であったためか、
被害者をアイドルだとすることに問題があるようだと気づきはじめたメディアは関係者および第三者が訴える「アイドルではなく女優」と「アイドルではなくシンガーソングライター」の二様の声のうち後者だけに耳を貸した。メディアが冨田さんに冠した「アイドル」に替わる新呼称は主に

  • 芸能活動をしていた女子大学生
  • 音楽活動をしていた女子大学生
  • シンガーソングライター

である。メディアの言う「芸能活動」の中には女優も暗に含んでいるつもりなのかもしれないが、シンガーソングライターの呼称がしばしば明記されるいっぽうで、女優の表記がつかわれることは無いに等しかった。メディアは女優の活動を実質的にほぼ無視したのだ。そのせいで、冨田さんの芸能活動の中身を事件前から知っていた人と、メディアの報道に頼らず真実を自分の目で確かめようとした一部の人を除いて、冨田さんが長らく女優としてキャリアを積んできた人であることはほとんど知られずじまいになってしまっている。冨田さんはアイドルだと言う人に、良識派の人は口を揃えてアイドルではなくシンガーソングライターだと反論する。するとそれに対してシンガーソングライターも結局アイドルと似たようなものではないかと再反論する人がいて水掛け論が繰り返されている。まったく不毛な議論である。冨田さんを(地下)アイドルと呼ぶのか適切かどうかは、小さなライブハウスで自作の歌をギター弾き語りで歌っていた、シンガーソングライターの活動をはじめてまだ一年にも満たない冨田さんを(地下)アイドルと呼ぶのか適切かどうかの問題というよりはむしろ、事件の約4年前にアイドル「役」を演じたドラマの後も引き続き女優として映画初出演を果たし、さらに活動の場を演劇に移して2015年を中心に十本以上の舞台に立ち、うち一本では主演を務め上げている人を、2015年秋にシンガーソングライターの活動を並行してはじめるまでもっぱらそのような活動をしてきた人を、そしてその舞台女優としての活動の最中あの男に目をつけられた人を(地下)アイドルと呼ぶのが果たして適切なのかどうかという問題である。

 

だが少なくともアイドルだという誤表記が正されたのであればそれだけでもまだ救いがある、と言いたいところだが、「メディアが事件当初のアイドルの表記を後に修正した」とするウィキペディアの記述は残念ながらこの国のメディアの質をあまりにも過大評価してしまっている。現実にはその基本事項の修正を徹底させることすらメディアは満足にできなかった。いや修正しきれていないというよりも、メディアは「アイドルの冨田真由さん」という視聴率や発行部数、アクセス数を稼げる架空の客寄せパンダにストーカーのごとく未練たらたらで、隙あらば冨田さんをアイドルと呼んでやろうというこだわりをストーカーのごとく執拗に持ち続けたのである。

 

ストーカーのごとくアイドルに執着するメディア

ウィキペディアの評価では「表記を修正した」ことになっている後の報道がどんな有様だったかをいくつか拾ってみよう。

 

週刊現代2016年6月11日号の

小金井「地下アイドル」ストーカー刺傷事件、こりない警察の大失態
いったい何度同じことを繰り返すのか

の見出しの記事が世にも滑稽で醜悪なのは、その記事で記者が鼻息荒く糾弾している小金井事件で警察が犯した数々の失態を締めくくるのが、「事が起こってしまった後にメディアを利用して被害者を地下アイドルに仕立て上げ責任逃れをしようとした」という姑息な企みだからである。要するにこれは、警察の奸計の片棒をまんまと担がされている警察の犬が飼い主の警察に噛みついている記事である。

  • まともに調査すらせず
  • いったい、何度同じことを繰り返すのか
  • いい加減学んでほしい
  • 誰も責任を取らず、反省もしない
  • 同じ過ちが繰り返されるのも当然だろう

――これらの、冨田さんを地下アイドル呼ばわりした記者がその同じ口で警察に言い放った舌鋒鋭い台詞は、警察の流した被害者情報の真偽を「まともに調査すらせず」、それどころかさらに尾ヒレをつけてブランド狂いだの風俗嬢だのといったデマを撒き散らかしていた20年近く前の桶川事件からまるで進歩のないメディアにそっくりそのままお返ししたい。いったい、何度同じことを繰り返すのか?いい加減学んでほしい。

 

その週刊現代は2カ月後の8月6日号で再び小金井事件を取り上げ、今度は冨田さんの実家に家族のコメントを取るべく乗り込んでいる。2カ月前の記事の見出しに公然と「地下アイドル」の字を掲げたのが桶川事件の記事の見出しに「ブランド好きの女子大生」の字を入れるのと同等の本当に失礼な行為だったという自覚が微塵もないから、こうやって臆面もなく被害者の実家にまでノコノコ押しかけていくことができるのだろう。いきなりやって来て「回復に向かわれて本当に良かったです」などと言い出した不躾な記者に冨田さんのお母さんはそれでも「ありがとうございます」と丁寧に応対している。その記事が「『お騒がせ事件』の主役たちはいま」という表題のワイド特集の枠に入れられていることは紙面の構成上やむを得ないものと百歩譲るとして、記事の見出しは「小金井ストーカー刺傷事件 女子大生アイドルのその後」、文中の表記は「アイドル、シンガーソングライターとして活動していた大学生の冨田真由さん」である。地下アイドルから地下が取れたほんの僅かな進歩をこいつらにしては上出来だと褒めてやったほうがいいのだろうか。

 

事件当初にとどまらず事件から1年近くが経過した裁判の報道に到るまで執拗にアイドルの呼称をつかい続けてレッテルの貼り直しにいそしんでいたストーカー気質の日刊スポーツは、わけても裁判の際の記事のひとつに「アイドル冨田真由さん『死んでほしい』極刑求める」の見出しをつける暴挙に及んでいる。記事の中では「歌手活動をしていた冨田真由さん」としているにも拘わらずである。冨田さんのフルネームにわざわざアイドルの肩書をくっつけて、いいですか、この冨田真由という人はアイドルですよと念を押している見出しには、冨田さんサイドに取材を断られでもして逆恨みしているのではないかと勘繰りたくなるほどに陰湿な悪意が籠められている。日刊スポーツは冨田さんが被害者供述調書で「犯人は死んでしまってほしい」と述べたことを冨田さんが裁判で極刑を求めていることとみなしているが、言葉を扱う仕事に携わっているのであれば、この「犯人は死んでしまってほしい」という言葉(意見陳述の中では「もうこの世の中に出てきて欲しくない。今すぐに消えて欲しい」となっている)が裁判で死刑判決が下されることを現実に求めてのものではない、犯人に極刑を課すことがかなわないことは百も承知のうえでの言葉であることは分かって当然である。それが読み取れないような輩は今すぐ新聞記者などやめたほうがいい。日刊スポーツのこの記事は、「殺人未遂で死刑判決が下るわけがないだろう、アイドルふぜいがなにを言ってる」と見出しをつかって犯罪被害者を愚弄している記事である。犯罪被害者の報道のあり方が大きく問われることになった後の座間事件で、日刊スポーツがどうか実名報道は控えて頂きますようにという遺族の切実な願いを記した自宅玄関の張り紙をわざわざ写真に撮り、被害者の実名をわざわざ見出しに掲げたうえで記事にするという、報道人としてどころか人としてどうかしている頭抜けて悪魔的な行為に及んでいたのは偶然ではないだろう。

 

活字媒体に比してテレビ報道はそれこそいちいち挙げていったらきりが無いほどの一層ひどい状況だった。ここでは私が心底やるせない思いに駆られたひとつの番組だけを取り上げる。2016年10月12日――この日はたまたま冨田さんの誕生日だった――に日本テレビ系列『ザ!世界仰天ニュース』の枠内で放映された桶川ストーカー殺人事件のドキュメンタリーである。桶川事件で警察が事件前も事件後もいかに無責任で粗雑で卑劣な振舞いに終始していたかに焦点をあてたドキュメンタリーの末尾で、「しかし、その後もストーカー行為の果ての凶悪事件は続く」として数カ月前に発生した小金井の事件にふれた、その際に、画面のテロップは「小金井女子大生ストーカー刺傷事件」としながらも、ナレーションは被害者を「アイドル活動をしていた大学生」の呼称で呼んだのだった。小金井事件の被害者をアイドルとするのが不適切だということはウィキペディアにだって書いてあることで、実際メディアの多くは事件後数日内にその呼称を止めているのである。事件から数カ月も経ってなおアイドル活動などという言い方をしているのはだからただでさえダメなことをしているのだが、よりにもよって桶川事件のドキュメンタリーでそれをやるとはもはや絶句するほかない。本当に制作関係者の誰一人として問題点に気づかなかったのだろうか。この稿で述べてきたとおり、桶川事件の被害者に貼られた「ブランド好きな女子大生」のレッテルに相当するのが小金井事件においては「アイドル活動をしていた女子大生」なのである。桶川事件の被害者と小金井事件の被害者はどちらもその事実無根のレッテルによって名誉を傷つけられ、心ない中傷に曝され、言い知れぬ辛酸を味わっている。桶川事件のドキュメンタリーが訴えた警察の悪行三昧の中にはもちろん、警察が被害者を「ブランド好きな女子大生」に仕立て上げようとした件も含まれている。事件当日に上尾署で開かれた警察のメディア向け会見の、署長と捜査一課長代理がヘラヘラニタニタ笑いながら被害者が刺された傷の部位を説明している、誰が見ても吐き気を催す実際の映像を流した後に、「ところが、詩織さんがその日身につけていた遺品はバッグはプラダ、時計はグッチと具体的に詳しく説明した。これで詩織さんは、ブランドが大好きな女子大生とイメージづけられた」と、その会見で警察が責任転嫁のために仕掛けた悪辣な世論誘導の企みを告発していた同じナレーションの声が、小金井事件の被害者を「アイドル活動をしていた女子大生」だと伝えたところで数十分にわたるドキュメントが締めくくられる。今の今までさんざん糾弾してきた警察が桶川事件の被害者にやったのと同じ仕打ちを小金井事件の被害者に食らわせることが番組の「オチ」になっているのだ。このドキュメンタリーでそれまで訴えてきたことの全てを最後に自ら踏みにじったも同然である。制作者は桶川事件からいったい何を学んだというのだろうか?ストーカー問題に関心を持っている人が多数観るだろう番組で冨田さんの芸能活動をアイドル活動だと公然と言い切り、「桶川基準」に照らし合わせても小金井事件の被害者をアイドルと呼んで構わないかのようなお墨付きを与える格好になってしまったのは本当に罪深いことだと思う。

 

桶川事件から小金井事件までの間にもたらされた報道環境の変化のひとつは、「正規の」メディアより質はさらに劣るが現実に相当数の人が閲覧しており影響力は看過できない「まとめサイト」のようなニュースメディアもどきがネットに大きく発達してきた点である。アクセス数稼ぎを至上命題とするそれらのメディアによる小金井事件の報道――それを報道と呼ぶのであれば――では事件当初から判で押したように一貫してアイドルの呼称を見出しに掲げており、いっさい修正されていない。最近になってかなり改善されるまでの間、ツイッターで冨田さんのフルネームを検索すると、冨田さんの名前の四文字とアイドルの四文字が互いに置換可能な同義語であるかのように隣り合っているまとめサイトの記事の見出しばかりが延々と表示される時期がずっと続いていた。もしも冨田さんがエゴサ―チをしたら嫌でも目にすることになるのだと考えれば、あの光景は小金井事件を機にストーカー規制法の定義するストーカー行為に含まれるようになったSNSの連続送信と実質的に同じようなものである。

 

こうして「アイドル冨田真由さん」という架空の人物がメディアの世界にいつまでも住み続ける中で、弁護士のような「識者」の中にも小金井事件の被害者はアイドルだったという思い込みをいつまでも持ち続けている人が現れている。

「’16年5月に、ファンによるアイドル刺傷事件がありました。加害者はツイッターを使って、殺人予告や暴言などの嫌がらせを執拗に繰り返していました。しかしいま、一般の方からも、SNS投稿に執拗に反応してくる、個人情報や誹謗中傷が書き込まれる、性的や脅迫的なメッセージを何百通も連続送信されるなどの相談が後を絶ちません」こう語るのは、ネット犯罪に詳しいアディーレ法律事務所の吉岡一誠弁護士(2017年1月10日 『女性自身』のネット記事より)。

もっともこの記事の「」内の台詞を吉岡弁護士の発言そのものだと単純に受け取るのは事によると間違いかもしれない。もしも吉岡弁護士がアイドルではない別の表現をつかっていたのに勝手にパラフレーズして記事にしているのであれば、吉岡弁護士をいいかげんな事実認識で物を言う人物だと読者に誤って印象づける不義理を女性自身の側がはたらいていることになる。

 

2017年9月に洋泉社から出版された『殺しの手帖』というムック本に収録された高橋ユキの小金井事件の記事の表題が「小金井アイドル刺傷事件」となっているのは、洋泉社の編集が勝手につけたものだろうということをもちろん私は承知している。「殺しの手帖」という不謹慎なだけで少しも面白くないおふざけのタイトルの名付け親でもあるのだろう編集が、アイドルが刺されたことにしておいたほうが面白おかしくて人目を引くと思ってこの表題にしたのだろう。高橋ユキは事件直後の記事でも冨田さんはアイドルではなくシンガーソングライターだと書いているし、事件の翌年3月に東スポの取材に答えた記事の表題が「女子大生アイドル刺傷事件」となっていた時には、冨田さんの冨の字を間違えつつも「富田さんはアイドルではありません」とわざわざ自身のツイッター東スポの間違いを正している。

昨日の東スポの記事はウェブにも掲載されていました。今回はコメント掲載なので、初めて知りましたが、タイトルが「アイドル」になっています。が、富田さんはアイドルではありません。

https://twitter.com/tk84yuki/status/848043112261763072

「アイドル刺傷」を表題に掲げた洋泉社の記事も含めた高橋ユキ名義による小金井事件の記事の文中で冨田さんがアイドルだと書かれた箇所はもちろん皆無である。だからこの表題は高橋ユキとは無関係だ――ということにはならない。この記事を出典に引いた際の引用文献の表記は 

高橋ユキ「小金井アイドル刺傷事件」、『殺しの手帖』、洋泉社

となる。高橋ユキの作品リストを作る際にもこの表題が高橋の作品名になる。表題の「文責」は執筆者が負わされるのである。東スポの記事のように取材に応じただけなら責は免れるとしても、小金井事件の被害者をアイドル呼ばわりしているのはこの場合、編集者ではなく執筆者の高橋ユキだということになる。この表題は被害者の冨田さんにアイドルのいわれなきレッテルを貼りつけると同時に、小金井事件の裁判傍聴に留まらず、拘置所の犯人への実質的な「独占取材(あの犯人への直接取材はテレビ局などの大手メディアも行っていたようだが、そこで犯人が口頭または文書で語った内容は流石に報道するのは憚られると判断されたのであろう、ごく断片的にしか報じられていない。犯人の放言の数々を事細かに記事にしたのは高橋ユキだけなので、実質的に独占取材のような形になっている)」までしてその詳細をたびたび記事にしてきた高橋ユキというライターに、そこまで深く小金井事件に関わっておきながら被害者をアイドル呼ばわりしているダメライターのいわれなきレッテルを貼りつけているのだ。高橋ユキはこの表題によって、小金井事件をアイドル刺傷事件とするのが不適切だと正しく認識している人たち皆から白い目で見られるようになる。記事の中身を丁寧に読めば誤解は解ける?世の中の人間はそんなに暇ではない。たいていは見出しで判断してそれで終わりである。「アイドル刺傷」と見出しに入れれば、記事の中身でいくら女優だシンガーソングライターだと書こうとも有無を言わさず被害者はアイドルだとされてしまうように。不本意なレッテルを貼られるとはそういうことだ。

 

ところで、東スポの記事の時は見出しの「アイドル」の間違いを自身のツイッターで正していた高橋ユキ洋泉社の記事について自身のツイッターでしたことは、読者の一人が「小金井アイドル刺傷事件」のタイトルをでかでかと掲げた見出しの画像入りで記事の感想を書いたツイートをリツイートすることだった。

https://twitter.com/tani_akkanbee/status/915257454971310081

しかもその際に、「読んでくださりありがとうございます」と読者にお礼を言っているだけで、画像に映し出された「アイドル」の表題については一言もふれていない。これをみる限り、高橋ユキは自名義の記事に「小金井アイドル刺傷事件」の表題が冠されたことについて「ま、いっか」程度の認識であったか、あるいはそもそもなにか問題があるとすらも思っていなかったようである。高橋ユキは本当にダメライターなのかもしれない。

 

事件発生から一年、二年と時が経過するにつれて、小金井事件が関連する事件の報道のなかで時たま軽く言及されるだけの「過去の事件」になりつつあることは否めない。しかしその風化する事件の記憶の中でも、メディアと警察が共同で創作した架空の「アイドルの被害者」は脈々と生き続けている。ごく最近の例から一つだけ、自殺したご当地アイドル(地下アイドルともされている)の遺族が2018年10月に所属事務所に対し損害賠償を求めたことを伝える日刊ゲンダイDIGITALのネット記事を引いておこう。

それにしても、改めて驚くのが、地下アイドルを取り巻く悲惨な環境だ。2年前に地下アイドル活動をしていた女子大生が男に刺され、一時重体となる事件があったが、リスクを伴う割にギャラが安くて待遇が悪過ぎる。AKB48クラスの人気グループでも新人時代は月収10万円台が当たり前といい、地下アイドルの中には交通費すら支給されず、ノーギャラで働く女性が少なくないという。

この記事を吉田豪が未だにこんなことをやっていると呆れ果ててリツイートしている。

「それにしても、改めて驚くのが、地下アイドルを取り巻く悲惨な環境だ。2年前に地下アイドル活動をしていた女子大生が男に刺され、一時重体となる事件があった」って、そんな事件はないですよ。

https://twitter.com/WORLDJAPAN/status/1051485183948419072

残念ながらこの呆れた報道は例外ではない。それどころか氷山の一角である。事件以来メディアが冨田さんにやってきたことは気色の悪いストーカー行為そのものである。お付き合いはできませんと言っているのに聞く耳を持たず、何度も交際や求婚のメッセージを送り付けて人を苦しめる。つきまとわないでくださいと言っているのに聞く耳を持たず、何度も目の前に姿を現して人を苦しめる。アイドルではありませんと言っているのに聞く耳を持たず、何度もアイドルだと報道して人を苦しめる。小金井事件の教訓を生かして、ストーカー規制法のストーカー行為の定義にSNSの連続送信だけでなく「人の間違った肩書を繰り返し報じる行為」も追加してはどうだろうか。