PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

犯罪被害者の二次被害:小金井ストーカー事件の場合 3/5

小金井事件でメディアは被害者に何をしたか

小金井事件の初期報道は二重の捏造の産物である。第一に被害者の肩書の捏造、第二に捏造された被害者の肩書を偽りの前提とした事件の原因の捏造。アイドルユニットとしてのシークレットガールズ東京ドームシティホールNHKホールでライブを開催し、ポニーキャニオンからCDをリリースしている、まったくのメジャーシーンで活躍するアイドルであった。事件の3年以上前に活動を終了しているそのシークレットガールズの地下性は微塵も孕んでいない「アイドル性」と、シークレットガールズ後の舞台女優・シンガーソングライターにおける比較的小規模な公演形態、とりわけ、2015年を中心に舞台女優の活動に打ち込むなかで籍を置いていた芸能事務所マージを事件の数週間前に退所して以降はフリーになっていた冨田さんの直近の活動状況のある種の「地下性」――冨田さんの芸能活動のキャリアの中で時間的にもかけ離れたこの二要素をキメラのように合成してでっちあげたのが「地下アイドルの冨田真由さん」という架空の人物である。その実在しない人物の全身に、白と黒の碁石の山から黒だけを選り分けるようにして外部から調達してきた、地下アイドルとはこんなにも危険な稼業だと印象づける事例のソースをべったりとなすりつけて、「地下アイドルとファンの近すぎる距離」という架空の犯罪原因を造作もなくでっちあげていく。ネット右翼によく似た手口である。一方では虫の好かない人物を出鱈目な理由を挙げて在日認定し、一方では在日の犯した悪行とやらをあることないこと並べ立て、こんな物騒な連中はこの人物も含めて今すぐまとめて日本から出ていけなどと煽り立てているネット右翼の暴論が、在日だということにされた人と実際に在日の人をどちらも傷つけるのと同じように、小金井事件の報道は、地下アイドルに仕立て上げられた冨田さんと実際に地下アイドルとして活動している人の両方に辛酸を嘗めさせる、二重の意味で残忍な言葉の暴力であった。

 

地下アイドルという被害者の架空の活動形態に凶悪事件へとつながるリスクをもっぱら求めようとする粗暴な一般論を、国営放送を含めたあらゆるメディアがいかに強引に、異議を力ずくで捻じ伏せてまでごり押ししていたかは、当時取材を受けた多くの人が憤りをもって証言しているとおりである。被害者は地下アイドルだとの捏造にしがたって殺到したメディアの取材依頼を、「そもそも被害者の女性がアイドルではなかったことと、地下アイドル業界が危険でないことを知ってもらいたい一心で」 *1 すべて引き受けた地下アイドルの姫乃たまさんを待ち受けていたのは、警察の取り調べまがいのきびしい追及であった。 

 事件の翌日にライブを控えていた私は、のちに識者も言うように彼女が地下アイドルではないことと、アイドルファンが報道されているような危険な存在ではないことを伝えるために、依頼が届いた報道番組からの取材をすべて引き受けました。
 しかし、NHKを除くすべての報道陣は、意地でもアイドルファンの人たちの危険なエピソードを聞き出すまで取材を止めようとしませんでした。
 反論を続ける私と、コメントを取ろうとする取材陣の攻防は、終電間際までライブハウスで何時間も続きました。
 ついには、恣意的な編集がなされ、あたかもアイドルファンの人たちが危険だと私が話しているような映像が報道番組で流されたのです。
 取材に来ていた報道陣の中でも、事情を汲んでくれていたスタッフの方から、「放送された内容が少し違っていたと思うのですが……」と謝罪の電話が来た時は落胆しました。
 私はその時、報道番組は最初から放送する内容が決まっていて、それに当てはまるコメントを探していただけだと思わずにいられませんでした。 *2

 

被害者はアイドルだという虚構にしたがってアイドルに詳しい吉田豪さん(SNS上では吉田光雄)のもとにもメディアの電話取材が舞い込んできた。吉田豪は実際アイドルに詳しいので、冨田さんが地下アイドルの範疇に属する人ではないことを正しく把握していた。そこで吉田豪は「そもそも彼女はシンガーソングライターで、犯人もアイドルヲタとかじゃないから、地下アイドルの問題とはまた別」だと説明を試みたのだったが、番組の「企画趣旨」にそぐわないこうした不都合な証言は当然のごとく揉み消された。「地下アイドルと高額なプレゼント」などの件で根掘り葉掘り問いただしても期待どおりのコメントをしてくれない吉田豪に手を焼いたフジテレビが結局手を染めたのは、恥も外聞もない捏造報道であった。「アイドルに詳しい吉田豪氏によると…」として、本人が言った覚えのない地下アイドルとファンの取引の一構図をパネルで紹介したのである。

Twitterのフォローと物販購入が等価交換だと語る吉田豪……。そんな発言した記憶ないですよ!

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https://twitter.com/WORLDJAPAN/status/735100337283964929

 

優月心菜さんもTBSのインタビュー取材で、現役の地下アイドルであるかのような「地下アイドル 優月心菜さん」のテロップを付けられたうえで、「ファンと個人的に外で一対一で会い写真を撮ってもらったりとかしていた」との事実と異なる発言要旨を流される捏造の被害に遭っている。

こんな風に編集されていてびっくりです。撮影会を通して、外撮をやっていたことはありました。勿論スタッフはいました。撮影会に参加されてる皆様ならご存知であるかと思いますが。私は個人的に、ファンの方とは外で会ってません。酷すぎる。

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https://twitter.com/kibiruu/status/736578686292365312/

 

注目すべきは、小金井の事件でNHKニュースにコメント出演予定だった宇野常寛さんが警察の不手際にも言及しようとしたところ、出演が急遽キャンセルになったという内訳話である。

 宇野氏と言えば、アイドル文化にも精通しており、番組は彼に「握手会ビジネス」やSNSが普及して以降のファン心理などについて捕捉説明(原文ママ)をしてもらうためオファーをした。基本的には彼も、その番組の意図に沿って捕捉しつつ、一言だけ、警察の捜査の不手際についても触れておきたいとしていた。たった一言だけである。にも関わらず、NHKは突然キャンセルを言い渡してきたのだ。

 

 その顛末について、宇野氏は、23日深夜放送のラジオ番組『THE HANGOUT』(J-WAVE)のなかでこのように語っている。

 

「この事件に関してコメントしてくれっていう依頼があったんですよ。録画でね、インタビュー受けたものを編集して放送すると言っていて。ほんのちょこっと、数10秒しか使わないんだけど、30分撮らせてくれと。これ、俺、まずいなと思ったのね。都合のいいところだけ抜き取られて、どう編集されるか分かったもんじゃないから、「それ嫌だ」って言ったの。「使う分、プラスアルファぐらいの分数だったら受けます」って言って、で、「だいたいこういう内容を話したいと思います」って言ってOKが出て、もうね、渋谷に向かってる途中かな、電話があって、「やっぱダメです」と。それは何でかっていうと、僕が警察の捜査の不手際についてやはり一言入れておきたいと言って、それが引っ掛かったんだよね」

 

 今回の事件での警察の対応について、宇野氏は同ラジオ番組のなかでこのように語っている。

 

「僕はね、明確にね、今回の事件は警察の捜査に不手際があったと思う。かなりはっきりしたかたちで嫌がらせの形跡が、しかもソーシャルメディア上に残っているかたちであったし、本人もかなり真剣に相談していたのに、割りかし、たらい回しに近いような扱いをやっちゃってるわけね。で、それでここまでの事態に発展して、なにかこう認識が甘かったんじゃないかというコメントはね、やっぱフェアネスの観点からせざるを得ないと思うわけ」

 

 至極真っ当な意見である。にもかかわらず、NHK側は突然、宇野氏に出演キャンセルを言い渡してきたのだ。 *3

 国営放送の呆れた実態を暴露するこのエピソードは、「被害者=(地下)アイドル」の虚構が警察批判を封じる方途として機能していたことを雄弁に物語っている。冒頭に掲げた夕刊紙記者の推測が正鵠を射ていることを裏付ける証言である。

 

上に列記した被取材者の被害報告が揃って示しているのは、姫乃たまさんが看破しているとおり、最初から報道する内容が決まっていてそれに当てはまるコメントを探していただけだというメディアの見下げ果てた取材姿勢と、あらかじめ決まった結論にそくした歪曲、歪曲の域を通り越した捏造は平気で行ういっぽうで、あらかじめ決まった結論にそぐわない不都合な事実は平気で隠蔽するメディアの、信じがたいほどのモラルの欠落ぶりである。

 

大手メディアの明らかに異常な報道姿勢に批判の声が上がるのは当然の流れだった。

2016年5月24日

吉田豪

アイドルでもないしヲタでもない!小金井刺傷事件の報道に感じるモヤモヤ

http://tablo.jp/serialization/yoshida/news002249.html

徳重辰典

関係者、ファンは語る「冨田真由さんはアイドルでなくシンガーソングライター」

https://www.buzzfeed.com/jp/tatsunoritokushige/tomitamayu?utm_term=.cjpENAlrb#.qc5elGNwM

*

2016年5月26日

北村篤裕

「女子大生シンガー」の刺傷事件を「アイドル」と報道することの怖さと誤解される“事件の本質”

https://nikkan-spa.jp/1119468

*

2016年5月27日

ロマン優光

女子大生シンガー刺傷事件で思うこと

http://bucchinews.com/subcul/5755.html

*

2016年5月30日

田中秀臣

小金井女子学生刺傷事件と「アイドル」偏向報道

https://www.newsweekjapan.jp/tanaka/2016/05/post-3.php

*

2016年6月2日

姫乃たま

小金井市・女性襲撃事件で受けたインタビューはなぜねじ曲げられたのか? 世間の偏見と地下アイドルの覚悟

http://otapol.jp/2016/06/post-6831.html

 しかし一連の記事のなかで、本来なら当然真っ先に言わねばならないはずの事柄――いま行われている報道はこれ以上絶対に傷つけてはいけないはずの犯罪被害者の心をズタズタに傷つけるむごたらしい二次被害を招いてしまっているという問題の核心をはっきり指摘できていたのは、私の知るかぎりロマン優光のコラムだけであった。

 変な話だが、自分が何らかの事件に巻き込まれて「お笑い芸人」として報道されたら凄くいやだと思う。自分は確かにロマンポルシェ。という笑いの要素を含むバンドをやってきたし、芸人の方と対バンをしたこともあるわけだが、お笑い芸人かと言われると違うわけで。芸人を目指してるわけでもないし。芸人が嫌いとかそういう話ではなく、本人の志す方向性を認めてほしいというか。冨田さんもシンガーソングライターを志して活動してきたのに、他人が「アイドル」と言うのは凄く本人に失礼な話だと思う。本人の意志をないがしろにするなんて。地下アイドルでないのに「地下アイドル現場の闇」の象徴にされているような現状とか、本当に理不尽な状況でしかない。冨田さんが自分の活動にかけた想いを尊重しなければいけないのではないだろうか。「どっちだっていいじゃん」とかそういうことではない。自分の身になって考えてみてほしい。ただでさえ理不尽な凶行にあったのに、その上自分が自分でない人間に仕立て上げられるとか、酷すぎる話ではないか。そこを汲み取らないでどうするのか、ということなのだ。

 

実際のところ、冨田さんが受けた報道被害は単に本人の意に沿わない肩書を冠せられたというていどの生易しいものではなかった。メディアが総がかりで冨田さんに貼りつけた地下アイドルのレッテルは、その地下アイドルという活動形態にこそ事件の原因があるとするまぎれもない「自業自得論」を被害者に浴びせるための一斉射撃の標的にほかならなかったからである。被害者は地下アイドルだという狂った前提を即席の土台に据えて、「昨今の会いに行けるアイドルとファンの距離の近さが招いた凶悪事件」という大衆受けのするフィクションの醜悪なプレハブ小屋を我れ先にと手抜き工事で乱立させていくメディアの粗野で下品な身振りに、被害者への配慮など微塵も含まれてはいなかった。地下アイドルの危険な活動実態(より正確に言えばメディアが偏見によって危険視している活動実態)のあれこれ――たとえば、フジテレビが吉田豪から聞いた話だということにして捻じ込んだ、物販購入の見返りにファンをフォローするSNS活用術や、「アイドル刺傷」のお題目で一括りにされたAKB刺傷事件を経由して蒸し返されてきた握手会ビジネスの問題や、これまたフジテレビが「そんな肉体接触をされたらファンが恋愛感情になってしまうのも仕方ないですよね」とのコメント付きで紹介した、ファンの耳かきをしてあげる地下アイドルのサービスだとかを、それらがことごとく被害者自身の活動実態と混同されるおそれがあるという重大な二次被害リスクにまるで頓着することなくメディアは垂れ流していた。

 

では実際はどうだっただろうか?冨田さんはフジテレビが取り上げたような手をつかってSNSのフォロワーを囲い込んでいたのだろうか?冨田さんのツイッターのアカウントを一目見て気づくのは、冨田さんのフォローの人数、いいねを付けた数の少なさである。事件後に削除されたわけではないことを確認するために、Wayback Machineに保存されている事件当日のスナップショットを掲げる。

 

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ツイッターでしょっちゅうエゴサーチをかけては多少なりとも自分に肯定的なツイートを見つけると誰彼かまわず片端からいいねを付けて回るような人は芸能人だけでなく、アスリートや知識人にも少なくないが、冨田さんのフォロー、いいねの内訳をみれば、冨田さんがその種の人々とは対極にある、

  • ファンはフォローしない
  • ファンにはいいねを付けない

の禁欲的な自己ルールにしたがっていたことがうかがわれる。想像するに、ファンへのフォロー・いいねに関して完全な公平さを保つことは不可能であり、どれだけ気を配ってもなにかしらの不公平感、蟠りがファンの間に生じることは避け難いというSNSのリスクを踏まえたうえでの冨田さんの方針なのかもしれない。憶測で思いつきの理由を勝手に挙げるのは慎まなければいけないが、少なくとも冨田さんがフォローやいいねをファン取り込みの道具に活用していなかったことは確かである。ファンのほうでもそのへんは心得ていて、やれもっとレスをくれいいねをくれフォローしてくれ反応してくれと物欲しげにねだる人もいなければ、プロデューサー気取りでああしろこうしろと上から目線で指図するといったSSWおじさん的振舞いに走る人もなく、和やかで落ち着いたやり取りを交わしていたのが冨田さんのツイッターであった。そこへひとりあの犯人だけがまったく場違いに、ギラギラと邪な下心を漲らせて闖入してきたのである。

 

握手会についてはどうだろうか?先に記したとおり、冨田さんが握手会に参加したのはシークレットガールズのメンバーとしての活動時のみである。シークレットガールズ後の冨田さんが握手会をまったく催していない理由はごく単純なことで、冨田さんはアイドルではなく女優・シンガーソングライターだったからである。耳かきの件についてはわざわざ言うまでもない。

 

  • 冨田さんはファンと適度な距離を保ってSNSで交流していたこと
  • 犯人が冨田さんを知る以前のシークレットガールズの活動時を除いて握手会を開いていないこと
  • 過剰な接触サービスももちろんしていないこと

 

これらの、被害者自身の活動実態に関するメディアにとっては不都合な真実をことごとく隠蔽し、「地下アイドル」というそもそも間違った枠組みのもとで同列視された、「被害者と同じアイドル」をやっている赤の他人のそれ風なエピソードにすり替えていくご都合主義によって、最近のアイドルとファンの関係が近すぎるせいで起きた事件だという印象をお手軽に意のままに醸成していく、これが小金井事件でメディアのとった世論誘導の手口である。メディアの人間は自分たちがどれだけおぞましいことをやっているかを自覚しているのだろうか。最近注目を集めた事件に置き換えるなら、伊藤詩織さんが訴えているレイプ被害の報道で伊藤さんとはなんの関係もない赤の他人の枕営業の事例をあれこれ並べ立ているようなものである。先に挙げた、宇野常寛が警察批判にも一言言及しようとしたところ出演が急遽キャンセルになったNHKニュースのインタビュー取材で、NHK宇野常寛に「握手会ビジネスやSNSが普及して以降のファン心理などについて補足説明をしてもらうためオファーをした」のだった。握手会などしていなかった人が被害に遭った事件の報道で握手会ビジネスの問題を取り沙汰することをかろうじて正当化するのは「アイドル刺傷」というAKB刺傷事件との共通項だけであるが、これまでみてきたように、その唯一の共通項を成立させる根拠である「アイドルの冨田真由さん」はメディアの完全なる創作である。NHKがやろうとしていたことは、火のないところに火種をまいて視聴者をミスリードし被害者の名誉を傷つける悪質な印象操作以外の何物でもない。

 

こうして冨田さんは、生死の境で生きるためのぎりぎりの格闘を続けている最中に日本中のメディアによってまったく身に覚えのない地下アイドルに仕立て上げられたうえ、冨田さんとは縁もゆかりもないどこかの地下アイドルがどこかで冒したらしい冨田さんとはまったく無関係なあらゆる「危険行為」の濡れ衣を一身に着せられていった。その結果なにが起きたかは言うまでもない。

地下アイドルのファンが、好きな地下アイドルを刺してしまう危険な存在だと印象づけられる報道がなされ、さらに驚くべきことに、インターネット上では、被害者の女性の落ち度を指摘するような声も上がりました。
「ファンの気を引くような活動をしていたのだから、刺されても仕方ないのではないか」 *4

姫乃たまさんは事件後すぐに沸き起こった被害者の自業自得論を「驚くべきこと」だとしているが、人の注目がもっとも集まる事件発生からの数日間あのような報道に明け暮れていたにも拘らず被害者を悪く言う声が世間からまったく上がらなかったら、そのほうが「驚くべきこと」である。メディアは「地下アイドルのファンが、好きな地下アイドルを刺してしまう危険な存在だと印象づけられる報道」と同じかそれ以上の熱意をもって、「地下アイドルが、まかり間違えばファンに刺されかねない過激な営業に走っている向こう見ずな存在だと印象づけられる報道」をも流布していたのだから。

 

小金井事件の報道とそれがもたらした世間の反応の正視に堪えないほどの惨状は、それがおそらく警察にとっては「驚くべき」どころか「狙いどおり」の成果だったのだろうという考えに思い至ったとき、いっそうのおぞましさをもって眼に映るようになる。NHKから「握手会ビジネス」などの件で補足説明を求められた宇野常寛が警察の不手際にも一言ふれようとした途端に出演がキャンセルになったというかの証言が端的に示しているように、警察の至らなさを問題視する報道を押しのける形で「会いに行けるアイドル」の危うさを問題視する報道に多大な時間が割かれ、その会いに行けるアイドルの一員に数え上げられた被害者が矢面に立たされるいっぽうで警察がその陰に隠れてまんまと批判を逃れおおせている様をみるにつけ、警察は桶川事件とまったく同じことを小金井事件でもしたのだと感じずにはいられない。桶川事件でも小金井事件でも、警察は事件前に相談を受けていながら自分たちがストーカーから守れなかった被害者を、事件後に自分たちを国民の批判から守るための盾として利用しようとした。被害者を盾に作り変えるために施した細工が、桶川事件の場合はブランド好きの女子大生、小金井事件の場合はアイドル活動をしていた女子大生である。

 

桶川事件から20年近くを経て警察に進歩したところがあるとすればひとつ、狡猾さを増した点である。小金井事件の警察は事件前に相談に訪れた被害者に対し、桶川事件の時のように傲岸不遜な態度を少なくとも表向きは取らなかったのだろう。メディア向けの会見でも、桶川事件の時のようなあからさまに尊大な挙には及ばなかったのだろう。小金井の警察は桶川の時のような表立った「ボロ」を出さず本性を押し隠して巧妙に事を進めている。自身はもっぱら裏に回って黒幕に徹し、桶川事件から20年近くを経ても未だ進歩のないメディアの質と品性の低さを最大限に利用して、狙いどおりの世論誘導をひそやかに成し遂げている。桶川事件では警察の目に余る横暴に黙ってはいられなくなった一人のジャーナリストが立ち上がり、警察が被害者にしたことの一部始終を告発した。被害者の猪野詩織さんはそこでようやく、警察とメディアという二匹の悪魔の共謀によって著しく傷つけられた名誉を取り戻す機会を得たのだった。いっぽう小金井事件での警察の振舞いは、ジャーナリストの正義感に火を点けるきっかけを与えるような悪目立ちするところに乏しい。事実を冷静に見つめれば、小金井事件の報道は明らかに桶川事件の報道とまったく同じことをやっている。批判の目をそらしたい警察にとって都合の良い被害者像を桶川事件の時とまったく同じようになりふり構わずでっちあげ、それが警察を利するいっぽうで被害者には桶川事件の時とまったく同じように甚大な二次被害をもたらしている。にも拘わらず、この極めて異常な報道がどのような経緯でまかり通ってしまったのか、そもそも誰の仕掛けでこうなったのかをきびしく問う声があがることは無いに等しかった。そして冨田さんは名誉回復の機会を奪われたままである。

*1:姫乃たま 地下アイドルの炎上とガチ恋問題を総括 [link]

*2:姫乃たま『職業としての地下アイドル(朝日新書)』、205~206頁

*3:新田樹「宇野常寛NHKの自主規制を暴露!“アイドル”刺傷事件で警察の捜査ミスを批判したら『NW9』出演中止に」 [link]

*4:姫乃たま『職業としての地下アイドル(朝日新書)』、206頁