PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 6 Family and Friends 15/16

 私はナンシー・クレスに、内部サークルのメンバーは被害者に向かって具体的にどの程度オープンにふるまうべきかを尋ねた。

 彼女は言った、「被害者ははじめのうちある程度の保護が必要です。オープンであることは被害者を圧倒することを意味するものではありません。叫んだりといった激しい感情表出をしなければならないときは、別の場所でやったほうがよいでしょう。被害者自身は非常に感じやすく情緒的になっており、かれの愛する人のこうしたふるまいに責任を感じたり、困惑したり、怒ったりするかもしれません」。

 「しかし、激しい感情のほとばしりは被害者に見せないほうが望ましいとしても、自分の感情を正直に伝えて被害者と分かち合うのは良いことです。被害者に、あなたがかれのことで心を痛めていると伝えるのも、あなたが事件のことで怒っていると伝えるのも、あなたがかれを愛していて回復を願っていると伝えるのもかまいません。被害者とともに泣くことだってかまわないと思います。ただし泣き叫んだり、わめいたり、大げさに嘆いたりは被害者の前でするべきではありません」

 「それからまた、被害者と近い関係にある子供たちも傷つき、苦しみ、恐怖を感じていることを心得ておかねばなりません。時には彼らを場に加わらせて、すべてを彼らから隠し通そうとはしないことが賢明です。子供たちには、なにが起きているのかについての明快でシンプルな情報をある程度示し、彼らに自分がどう感じているかを話すチャンスを与えるのがベターです。非常に小さな子供の場合は、専門家がやっているのと同じように人形の類を用いたり、絵を描いて説明することができます。かれが愛する誰かが経験している苦痛を伝え聞いたり感じとった子供のなかでは、とてつもない量の怒りや混乱や痛みが渦巻いています。かれに思いを話すように励ましてあげるのは大人たちの役目です」

 「内部サークルの子供のことが気がかりなときは、かれの行動を注意深く観察することが肝腎です。子供は問題ないふりをよくするものですが、あまり眠れないとか、食欲がないとか、学校生活での問題とか、おねしょ、乱暴に食ってかかるといった行動に気がつくかもしれません」

 「これらはいずれも、子供のなかでなにかがうまくいっていないことを示唆する警告シグナルです。単にかれと話し、オープンにふるまうだけではうまくいかない場合は、子供をケアしてくれるセラピストを探したほうがよいかもしれません」

 「私のクライアントの一人は37歳で、自宅でレイプされ撲られました。暴行の直後、まだ警察が現場にいるときに、14歳の娘さんが学校から帰宅しました。その子にとって、母親が傷だらけ、血だらけでヒステリックになっているのを見、警察が母親にレイプのことを尋ねているのを聞くのは怖ろしく衝撃的でした」

 「いま二人はともにセラピーに通っています。ティーンの子のほうは順調にやっていて、深刻な心理的問題は抱えていないようにみえます。でも彼女は、あのことについて自由に話すことができ、そこでは自分のことを理解してもらえる、真剣に受け止めてもらえると思えるような場所があることは本当に良いことだと言っています」

 「犯罪被害者センターでは、その人が援助をしている実際の被害者とさまざまな関係にあるひとびとのカウンセリングを行っています。女性の被害者の女性のルームメイト、同性愛の被害者の男性の恋人、異性愛や同性愛の被害者のゲイのルームメイト(ただし恋人ではありません)、祖父母、親友、いとこなど。かつての配偶者となお近い関係にあり、手助けをしたいと思っている被害者の元夫や元妻の場合もあります。重要なのは、いつでも可能なときに、誰であれ被害者に最も近い関係にある人がセラピストのもとに赴き、少なくとも、被害者自身ならびに被害の結果生じた問題に対処するにはどうするのがベストかについての助言を仰ぐべきだということです」

 「時として被害者の家族や友人は、自分自身がセラピストの治療を受けに行くことを拒否するだけでなく、被害者が援助を仰ごうとするのを積極的に止めさせようとすることがあります。私が診ているある女性は、治療を始めて最初の一ヶ月のあいだ、毎回セラピーのセッションの前後に夫と口論しなくてはなりませんでした。それでも彼女はセラピーをとおしたはけ口を必要としていて、セラピーのために争うことを厭わなかったのです」

 「4週間後、彼女の夫は彼女を非難することを止め、セッションが役に立っているようだと認めるようにさえなりました。彼女は彼に何度も頼みましたが、彼はこれまでのところ、彼一人でも妻とともにでもセラピストと話すことを拒んでいます。ただその間にも、少なくとも彼女は自分の心理的な問題の改善に取り組んできています」

 「もちろん、被害者の内部サークルのひとびとが援助を求める方法はたくさんあります。メンバーが同様の問題を共有している支援グループに加わるという手もあります。あるいは、個人的に親しい医師がいるのであれば、その人に助言を仰いだり相談をしてみることもできるでしょう」

 「素晴らしい聞き手になってくれる友人がいる場合もあります。そして最近では、当該の問題に関するすぐれた文献もあります」

 「被害者にはセラピーが必要だと内部サークルのメンバーが感じたときは、穏やかに提案してみるのが賢明です。答えが否定的だった場合は、おそらく被害者は自分自身のやり方で問題に対処していく必要があるのです。かれ自身の決断に委ねるのがベストでしょう」

 「ですが、被害者が外出を病的に嫌がったり、アルコールや薬物依存、精神異常、そしてとりわけ自殺の衝動が見受けられたときは、内部サークルのメンバーが強い態度で被害者に治療を受けさせなくてはいけません」

 「昔からの傾向として、男の被害者や家族は女に比べて事件後に援助を求めることにより消極的です。おそらく、男性は自分の力で物事をこなしていくことができなければといった心理が多少なりとも背景にあるのでしょう。しかし最近では男性のクライアントを診る機会も多くなっています」

 「幸いにして、犯罪被害についての社会的な意識の向上とともに、犯罪が起こった後で心理面での援助を求めることについての抵抗は薄れてきています。そしてこれは、被害者の配偶者などの内部サークルの人々にもひろがってきています。被害者やその愛する人々は、今では病院のスタッフや法廷の人間、さらに警察官からさえも、より頻繁にセラピーの薦めを受けるようになってきました。偏見はやわらいできています。いま人は、受けようという意志があるかぎり援助はいつでも得られるものだということを知っています」

 

***

 

 ベッドルームへの侵入者によってレイプされた重役秘書のサラ・ボズレーはセラピーを、彼女に、そして別の意味で彼女の母に与えらえた、天の恵みだと感じている。以前書いたように、ボズレー夫人は娘がレイプされた後で、性的暴行の問題について女子大学生を啓蒙する活動に携わるようになった。

 ボズレー夫人と話したとき、彼女はセラピーの重要性についての娘の考えに賛成すると私に語り、彼女と彼女の夫が娘の、そして彼ら自身の感情を最終的に理解するにあたってレイプクライシスセンターのセラピストたちが果たした多大な貢献を認めた。

 娘のアパートメントから一時間ほどの距離に住むボズレー夫妻は、事件発生からわずか5、6時間後にサラからの電話を受けた。比較的落ち着いた様子で、具体的な詳細には立ち入ることなく、彼女は自分がレイプされたことを告げた。両親のショックと不安を感じ取ったサラは、自分は親しい協力的な友人たちに囲まれていて、両親ができることは実際のところなにもないのだと強調した。

 その週のうちに、サラは仕事に復帰した。しかし彼女の母は電話越しに、娘が深く混乱し、ふさぎこんでいるのを感じとった。いとこの結婚式に出席する当初の予定を取り止めたあと、ボズレー夫人はリゾートに出かける案を思いついた。サラは彼らとともに行くことに同意はしたが、乗り気な様子ではなかった。

 この旅行のことはサラの視点から既に聞いていたので、その同じ週末を母親がどう語るかを聞くのは興味深かった。

 ボズレー夫人によると、彼女も、彼女の夫も、彼らの26歳の息子のジェームスも、サラに何を言い、どう接すればいいか見当がつかなかった。彼女はぼんやりとして、内にこもりがちで、様変わりしてしまったようにみえた。ボズレー夫人は我が子を支え、助けたいと切に思ったが、ふさわしい言葉やふるまいが分からず途方に暮れていた。

 あのことについて話してみるよう彼女に促すべきだろうか?それともそれは彼女をいっそう傷つけてしまうだろうか?――彼女は心のなかで問いかけた。クレア・ボズレーはこの種のことについて参考となる基準をまったく持っていなかった。そして彼女自身も葛藤を感じていた。いっぽうで彼女は、娘が経験したことを正確に知りたいと切実に願っていた。しかし他方で彼女は、実際に詳細を聞くことを恐れていた。

 クレア・ボズレーは当時を振り返って言う、「サラの表情に浮かぶ耐え難い痛みや悲しみと向き合うのは私にとってとてもつらいことでした。娘に手を差し伸べ、彼女の苦しみを和らげてやることができないことに、私は完全な無力感、歯がゆさ、苦痛を感じていました。彼女が幼かったころ、私はクッキーをあげて彼女を元気にさせることができた。そして彼女が大人になってからは、ショッピングに連れていくことで彼女の気分を明るくさせることができました。でも、レイプされた後の彼女の苦痛を和らげるために私ができそうなことはなにひとつ、なにひとつなかったのです」

 その週末のあいだじゅう、そしてそれに続く数週間、ボズレー一家は、サラの気を紛らわせ、彼女の気が楽になるようにするためベストを尽くした。だが彼らのうちの誰も、どうやってサラの、あるいは自分自身の苦痛を取り扱っていけばよいかの手がかりを持たなかった。

 クレア・ボズレーの心は嘆きと不安と無力感とショックで覆いつくされた。彼女の家族がこのような悲劇に向き合わされることはこれまで一度もなかった。

 前に述べたように、サラは両親の無力な沈黙に憤っていた。心の中で彼女は、どうして彼らは自分が本当はどのように感じているかを彼らに話すよう、彼女に直接求めてこないのだろうかと思っていた。

 ボズレー夫人は、自分は多くを言わず、サラがその気になった時にだけ話させるのがベストだと信じていた。結果として彼女は、それがつらい記憶を呼び起こすのを怖れて、性的暴行に関することは娘に直接なにも言わなかった。こうして母と娘は、彼らをもっとも傷付けているものについて黙ったままでいたのである。

 週末の旅行から帰宅したあとで、ボズレー夫人は自分自身と家族について考えた。人生はいつでも彼らにとって順風満帆であった。大企業の取締役会の会長であるボズレー氏は 健康で精力的で知的な男性で、一家の大黒柱で、思いやりのある夫にして素敵な父であった。

 クレア自身も、アイビーリーグの大学の学位を持つ活動的で創造的な女性で、彼女の快適なライフスタイルを満喫していた。二人の子供を育て上げたあと、クレアはさまざまな団体の活動や慈善事業にますます活発に取り組むようになった。サラと彼女の兄のジェームスは、ともに模範的な子供だった――幸福で、健康で、魅力的で、人気があり、大学を優秀な成績で卒業し、仕事でも成功していた。

 ボズレー一家は大きなトラウマを味わったことが一度もなかった。いま、彼らの美しい娘は見ず知らずの人間に性的暴行を受け、心に傷を負った。クレア・ボズレーは、誰かが彼女をがんじがらめに縛りあげたかのように感じた。彼女はサラへの愛をつねに言葉よりも行動によって示してきた。いま彼女は何をするべきかも何を言うべきかも見当がつかなかった。

 さらに悪いことに、クレアは自分の考えがレイプのことでいっぱいになっているのに気づいた。それが心のなかにあって彼女の良心を蝕んでいない瞬間はほとんどなかった。彼女は不眠や悪夢に悩まされた。しかしどれだけ悲しみや困惑を感じようとも、彼女が表だって涙ぐんだり落ち込んだ様子をみせることを自分に許すことはなかった。彼女は娘に、穏やかで平静なイメージを示したかった。もっとも重要なのは、サラが自分のことを頼れるように、動じることのない強い人間であることだ、そう彼女は感じていた。

 ボズレー夫人は娘がレイプされたことに対する人々の反応にショックを受けた。「心配しないで、そのことについては何も言わないから」、そんな言葉に彼女は侮辱を覚えた。それはまるで、サラが家族にとってなにか恥になるようなことを犯したと彼らが考えているかのようだった。