PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 6 Family and Friends 11/16

 以前言ったように、私の妹のマリアは、私が退院した直後に彼女がロサンゼルスで常時の付き添いとして私と暮らしていた過酷な時期を乗り切るために、forward thinkingの力をおおいに頼りとしていた。

 マリアはこの困難な時期をとおして私のそばに寄り添い、手助けをする役目を観念して受け入れたが、それでも状況の困難さがやわらぐことは一向になかった。妹はしばしば塞ぎこみ、戸惑い、不安に駆られ、そしてとりわけ、ニューヨークとそこにいる彼女の愛する人々への深く、仮借ないホームシックに罹っていたのだった。ホームシックや喪失の痛みをやり過ごすために、多くのひとは自分が恋い焦がれている人物や場所のイメージを心の外へ追いやろうとするものだが、マリアはまったく逆のことをやった。彼女は自分の目と心を彼女が家に戻っている未来の時へと向け、現在の心配事から逃れたのである。

 ニューヨーク・タイムズを買い、メッツのTシャツを着て、「ニューヨーク・スタイル」のピザをかじりながら、ブルックリンの友だちから届いた手紙を読んだり、彼らと電話で話したり、そのほか東部での生活を思い出させてくれるものを自分の周りにはべさせている、そんな時間ほどマリアを喜ばせるものはなかった。ただし彼女は、ニューヨークに居た頃のことを後ろ向きに振り返っていたのではなかった。再びそこに戻り、彼女の暮らしを取り戻すことのできるこの先の時間を待ち望んでいたのである。

 マリアは絶えずこんなことを言っていた――「私はニューヨークで着る用のコートを買わなくちゃ」、「私は親友に会ったら話さなきゃいけないことがたくさんあるわ」、「私は夜も昼もママの冷蔵庫を漁ってなにか食べてるでしょうね」、「学校がはじまるまであとたった2ヶ月ね」、「私の部屋の模様替えをしようかな」、あるいは、単純にそしてもっとも頻繁に、「ああ家に戻る日が待ちきれない!」。

 「わかった、わかったから、マリア!」、私はたまに言い返した、家に戻ることについてばかりひっきりなしに騒ぎ立てている、と私が感じているところのマリアの態度に苛立ちながら。私の立場から言うと、彼女にはこの先するだろうことばかりをいつも話している代わりに、いまこの時を楽しんでもらいたかったのだ。

 しかしマリアにとって、未来は慰め、自由、友人たち、安心感を意味していたのだった。

 ある日曜の朝、私は居間で書き物をし、妹は寝室でテレビを観ていた。私たちは二人とも、長くしんどい一週間が過ぎた後の朝のひとときをリラックスして過ごしていた。不意に私は「見て!見て!見て!」という声を聞いた。マリアは興奮した様子で笑いはじめた。私が部屋に駆けつけると、彼女はニューヨークシティマラソンを観ていた。そんなにも彼女が興奮していた理由に私は気がついた。ランナーはまさに、私たちの家があるブルックリンの通りを走っていたのだ。

 マリアが待ち望んでいたもののひとつは――ニューヨークに戻ることを除くと――ついに私が事件後最初の女優の仕事をはじめる日だった。マリアにとって、このマイルストーンは二つの重要な事柄を象徴的に表していた。第一に、仕事への復帰は疑いなく私に自信と安心感と幸福感をもたらす。それは私にさらなる強さや自立の念を抱かせ、肉体と精神の両面における回復に寄与するであろう。第二に、私が仕事へ復帰することはマリアに、私が快方に向かっていて、自分で自分の面倒を見ることができるようになっているという保証を与える。それゆえマリアは、自分自身の未来のプランをいっそう心置きなく立てられるようになるのである。

 そうしてマリアは、彼女自身だけではなく私についてのforward thinkingをも実践していたのだった。

 私たちがともに暮らしていた時期に、私は数え切れないオーディションや面接を受けていたが、マリアはそんな私のもっとも忠実な擁護者にして応援団員だった。「お姉ちゃんはすぐに仕事が決まるよ。そんな気がするの」、彼女は私に再三にわたってそう言った。「そしてそれだけじゃなくって、一個仕事が決まったらあとは雪崩みたいになって続々と仕事の契約が決まっていくよ」。

 マリアは私のマネージャーのセルマ・ルービンともよく相談していた。セルマもまた、仕事をすることが私の完全な回復への一番の近道だと心得ていた。彼女は、私が働くのに十分なぐらい健康だし、仕事を切望してもいると説明して、代理人やキャスティング担当の人々を辛抱強く説得していた。しかしはじめのうちは、誰もが私を起用することを恐れているようだった。私はいまだに痩せ細っていて、人々は私が精神的に不安定な、危なっかしい状態なのではないかと想像していたのだ。

 妹はしかし、私が一度でも演じるチャンスを得れば大成功に終わるだろうという彼女の信念を決して疑うことはなかった。

 彼女は誰かが私にそのチャンスを、それも近い将来に、与えることを切に願っていた。

 「お姉ちゃんはクリスマスまでには女優の仕事をしている」、彼女は9月にそう言った。「ねえ、私の言ったこと覚えておいてね!」――マリアはいつものように、彼女の意識を努めて前方へと向けていた、ただしそれほど遠くはない、手の届くくらいの未来へと。

 私がオーディションを受けるときはいつでも、彼女は私と何度もシーンを稽古し、合いそうな服を私と買いに行った。私は何週間にもわたって、ある企画からまた次の企画へとオーディションを受け続けた。

 「セルマ、なんでお姉ちゃんは全然仕事が決まらないのかしらね?」、マリアは尋ねた。そしてセルマは、彼女が聞かされた意見のいくつかを妹に繰り返した――「あまりに顔色が悪い」、「あまりに痛々しい」、「あまりにデリケート」、「彼女はまだ体が痛いんじゃないのかな?」。しかし、とりわけ人々が口にしたのは、「まだ早すぎるよ、セルマ。彼女がうまくやりこなせるかどうか心配なんだよ」であった。

 「やりこなせる?」、マリアは怒りで鼻息を荒くした。「そんなこと言ってる人たちは、彼女がどれだけのことをやりこなしてきたのか知らないんでしょうね?お姉ちゃんがずっと体験してきたすべてのことに比べれば、お芝居をすることぐらいなんだっていうのよ」。しかし、少し経つとマリアは私のほうを向いて言うのだった、「そんなに長くはかからないよ。仕事は向こうのほうからやって来る。そしてあなたをあらゆる点で100パーセント元気にするから」。

 ハロウィーンの日に私がマクドナルドでぼんやりとフライドポテトをつまんでいると、妹が言った。「テレサ、あなたが来月仕事をゲットするほうにブラウンダービーのディナーを賭けるよ」。

 私は疑わしげに眉を上げて言った、「まあ少なくとも、美味しい食事が食べられるのは心待ちにしとくわよ」。

 時としてマリアはあけすけであった。一度ならず彼女は私にズバリ本音を言った。「あのですねテレサ、私はねえ、永遠にベビーシッターやってるわけにはいかないの。あなたが仕事をはじめたら、あなたは私がもういらなくなる。だからもうほんとこれ信じてください、あなたは仕事をもうすぐゲットします、わ・た・し・の・た・め・に。いいっすか?」。私は笑い出し、彼女が正しいことを祈った。

 11月の半ばに、『掠奪された七人の花嫁』TV版のゲスト出演の本読みがあった。そのエピソードは、カリフォルニア州の北のほうのマーフィーズという小さな田舎町で撮影されることになっていた。私が演じるかもしれない役は非常に体力の要るものであった。この登場人物はさまざまな試練をくぐり抜けていく。彼女はやもめになり、誘拐され、いやがらせを受け、脅される。彼女は溝のなかで出産し、追跡者から逃れるために森を走り抜ける。つまり、この役を演じる人は誰でも、かなりのエネルギーとスタミナを要求されるわけである。

 マリアは私を、オーディションの行われるMGMのスタジオに車で連れていった。「テレサ、私は分かってたのよ、これだって。明日は飛行機でロケ現場に向かってるわよ」。

 「そうね、マリア」、私は答えた。でも彼女の言葉は私に自信を与えた。私は自分のためにと同じくらい、マリアのためにもこの仕事をしたかった。私がこの仕事を得ると彼女が心底から思っていることを、私は分かっていた。

 数分後に私は会議室へ入っていき、ニューヨークで女優をしていたティーンの頃から私が知っている、配役担当のバーバラ・クラマンに会った。バーバラは何年にもわたってさまざまな仕事に私を推薦してくれていた。もしもハリウッドで私の味方になってくれる配役担当のディレクターがいるとしたら、それはバーバラ・クラマンだと私は信じていた。

 彼女は私を温かく出迎え、配役を決めるオフィスに私を連れていった。そこで私はプロデューサーとディレクターに紹介された。

 本読みは上々だった。すべてがまったくうまくいったようにみえる、魔法のようなオーディションのひとつだった。私は素晴らしい気分でオフィスを出て、妹と車で家に向かった。でも私は期待しすぎないようにしていた。本読みはうまくいったが仕事のオファーにはつながらなかった例を、これまでに何度も体験していたからである。

 マリアはしかし、大喜びしていた。「これですよこれ。とにかくただ待ってなさいよ、テレサ」、車を運転しながら彼女はそう言った。20分後、私たちは家に着き、そわそわしながらテレビを観たり、手紙を書いたりして、電話が鳴るのを待っていた。それが鳴ったとき、私は出るのが怖いとすら感じたが、4度目の呼び出し音で受話器を取った。セルマの声は大きくはっきりしていた。「決まったわ!決まったわ!あなたとマリアは明日出発して!」。

 呆然として私は受話器を置き、妹にニュースを伝えた。マリアは飛び跳ねていた。「だと思ってたわよ!ほらそう言ったでしょう?」、彼女は歓声をあげた。

 私たちは両親に電話した。「お姉ちゃん仕事決まったよママ、仕事!」、マリアは電話に向かって叫んでいた。両親は有頂天だった。その晩、マリアと私は荷造りをした。私たちは二人とも興奮してほとんど眠れなかった。

 翌朝、私たちはカリフォルニア州マーフィーズへ飛んだ。

 マリアは何から何まで正しかった。『掠奪された七人の花嫁』の現場に着いたその瞬間から、私は自分が別人になったかのように感じた。突然、プロフェッショナルの私が帰ってきた。私は撮影の合間には腕に装具を胸には保護具を付けていたが、カメラが回り出すとそれらを取り外した。役は素晴らしかった。キャストやクルーは最高だった。彼らはみな、それが事件後最初の私の仕事だということを知っていて、これ以上できないくらい優しく親切にしてくれた。私は一新され、活力を注入された――弱々しく脆い私はどこにもいなかった。

 私は番組のキャストやクルーにまったく安心しきって、くつろいだ気分だった。そして私は一日に12時間から14時間ほど仕事をしていたので、マリアには自分だけのたくさんの時間があった。

 彼女は一人だけでちょっとした観光へと繰り出した。地元のアンティークのお店を見て回り、レトロな感じのアイスクリーム屋でサンデーを食べ、地元の人たちと知り合いになり、この息抜きの時間には私をあちこちへ車で連れていったり、お医者と相談などする必要がないという事実を楽しんでいた。

 マリアは数日にして私が自立心をより強め、もう彼女にあまり頼る必要がなくなっているのを感じとった。私は彼女がニューヨークへ帰ったあと自分が何をするつもりかを、ざっくばらんに彼女と話すようにさえなっていた。私は彼女に、友だちとともに過ごすか、アメリカ俳優基金の派遣したコンパニオンとうまくやっていくだろうと語った。私は再び強気な人間になった。マリアは大喜びだった――彼女は大学院に戻り、教師としてのキャリアを始めるためのプランを立てた。

 『七人の花嫁』のエピソードの撮影が終わったあと、妹と私はロスへ戻った。マリアが何ヶ月も前に予想したまさにそのとおり、私はいま実際に仕事へと復帰し、私が撮影のハードなスケジュールをこなすことができるのを証明してみせ、そして、ほかの人たちも積極的に私を起用するようになった。あの時以来、私は次から次へとコンスタントに仕事をしていき、私の自信とスタミナ、自立心は膨らみ続けた。

 今日に到るまでマリアは、私たちの両方にとってのより良い、より幸福な、より安全な未来への堅い信念なくして、これらの歳月を乗り切ることは決してできなかっただろうと言っている。

 

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 犯罪被害者自身、そして、犯罪によってかれらの人生が――被害者とともに――様変わりさせられてしまったひとびとにとって、forward thinkingの有る無しは天と地ほどの違いをもたらし得るのである。