PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 5 Pain 8/10

 その晩早く、運営委員会に出席するため人々が集まり出したころに私は目を覚ました。目を開けるとほとんど同時に、痛みがその醜い顔をもたげた。私はすっかり休息して頭は冴えていたが、肉体は痛みに苛まれていた。すぐさま私は注射を頼みたい誘惑に駆られた。しかしもしそれをしたら、私は議題にもほかの人にも集中できなくなるだろうことは分かっていた。それで私は誘惑に耐え、歯を食いしばり、デメロールの代わりにチョコレート・ミルクシェイクを注文した。それは罪深いばかりに美味なものであったが(私はダイエットを試みて数ポンドばかり体重を減らしていたところだったのだ)、当然ながら、面白いように苦痛を和らげてくれる麻薬的効果は有していなかった。会合が終わる前に、私はシェイクを2杯飲み干していた。

 先立つ週に書き留めてきたメモの数々を指し示しつつ、私は病院のベッドの上から運営委員会の会合を取りしきっていた。ベッドの上に中腰の姿勢で座り、またしてもミイラ化状態に近いぐらい包帯でぐるぐる巻きになって、ベビードールのピンクのパジャマを身に着け、ダイエットの成果を台無しにする、アイスクリームをのっけたシェイクをちびちびと啜っている私のありさまが目を見張るべきものだったことは確かである。はじめのうち、私の意識の一部がズキズキする痛みのほうへともっていかれてしまうことは避けられなかった。時おり、あの定番の歌のふしが私の頭のなかに浮かんでくることもあった。

 

あらゆる人々の人生に雨が降りかかることがある Into all lives some rain must fall.

あらゆる人々の人生に苦痛が降りかかることがある Into all lives some pain must fall.

 

それでも私はエネルギーの大半を目下の議題に集中させることができた。

 発足したばかりの団体の常として、私たちの前には話し合い、解決しなければならないアイディア、問題、考慮すべき事柄が山積みになっていた。私が意思決定の過程に一心不乱でのめり込んでいくにつれて、私は痛みをまったく忘れ去っていった。会合は白熱した様相を呈してきた。これは国じゅうの何千人もの人に手を差し伸べることのできる組織の本当の出発点なのだ、私たちはみなそう感じていた。

 「みなさん、テレサ・サルダナはそろそろ休息が必要なようです」――私たちはいっせいに振り向いて、部屋の入口に両手を腰に当てて立っている夜勤の看護師の姿を見た。3時間もの時が過ぎていたことが私はほとんど信じられなかった。

 委員会のメンバーは荷物をまとめはじめた。彼らの多くは再び私のもとを訪れる予定をたてていた――こんどはただ楽しみと交友のために。

 部屋にいるのがまた私と母だけになってから、私はその晩の出来事をじっくり思い返してみた。疑問の余地はまったくなかった。私が自分のエネルギーをなにか重要なことに注ぎこんでいるとき――とりわけそれが、困っているひとに手を差し伸べ援助することに関わっている場合――、私は痛みとよりうまく付き合えるか、あるいはそれをまったく意識しなくなっていた。

 なぜか?外に目を向けることによって、私は痛みに心を奪われている状態から自分のエネルギーを引き離すことができたからである。そして、より精神的なレベルでは、私は他人に良い、積極的な、創造的な考えをたくさん送り届け、その見返りに深い満足と幸福感を感じていたのである。

 そもそもなぜ私は他人の問題に専念しようとしていたのか?それは私が聖人君子だからだろうか?それともまったくの利己的な理由からだろうか?どちらでもない。

 私が他人に手を差し伸べるのは、私の体と心を苛んでいた激しい苦痛がまったくの無駄ではないと知る必要があったからである。もしも私が自分の艱難辛苦を、他人の手助けを行うためのひとつの契機として活用することができれば、私のいっさいの痛みはある有用な目的を果たしたことになる。そして、そう、私は自分自身の苦しみからの気晴らしと解放とを渇望していた。私は自分を衰弱させるこの破壊的な痛みが蔵する力を、真剣で積極的で創造的な行為のプランへと注ぎ込むことによって、それを抑え込む必要があったのだ。

 整形手術のあとの日々に、私は自主的な方針に忠実に従っていた。それがあまりにも耐え難いとき、私は鎮痛剤を求めて投与を受け、ときには午後や晩の丸ごとをぼんやりした状態で過ごしていた。しかし、いつでも人に会う約束があるときはデメロールの注射を控えて、十分な自制心を保つことができた。

 シーダーズ・サイナイの824号室で、私はVictims for Victimsの仕事を少なくとも一日4時間はこなしていた。その20日間のあいだに、クライアント(助けを必要とする犯罪被害者)のかなり規則的な来訪があった。私の助言や支援を求めている人とのセッションの場ではいつでも、私はほとんどもしくはまったく痛みを感じなかった。痛みそのものが弱まったか、あるいは痛みに対する私の知覚が、私に及ぼす痛みの効果を変化させたのだ。もしこうしたことが一、二度しか起こらなかったのならば、私はそれをまぐれで片づけていただろう。しかし時が経つにつれ、私は明白なパターンに気づいた。ステップ1:私が誰かに手を差し伸べる。ステップ2:その人の気が楽になる。ステップ3:私の気が楽になる。それは極めて一貫していた。

 その病院滞在中に私は、痛みの知覚は自分がどのような心構えを取っているかに応じて大幅に変わり得るものだということを学んだ。痛みのまったく現実的な肉体的、心理的体験を否定するすべはない。しかしあなたは、あなたの心のエネルギーを意識的にあなたの外側へと向けることによって、痛みがあなたに与えるインパクトを大きく変えることができる。私が言えることはただひとつ、「それはうまくいく!」である。

 

***

 

 テネシーに住むコマーシャルモデルのリタ・シャイヤーにとって、信仰と人助けは常に切っても切れない関係にあった。堅い絆で結ばれた、愛情溢れるルター派の家族によって中西部の農場で育てられたリタは、神と、他人を助ける献身とのあいだに強い結びつきを感じていた。作物が不作だったとき、シャイヤー家のモットーは「主はわれらのため備えてくださる」だった。そして主はなんらかのかたちで、いつもそうしてくださったのである。

 シャイヤー家の暖かく居心地のよいキッチンには、刺繍のほどこされた服が額に入れられて吊り下げられていた。聖書から引用された「己の欲するところ人にもこれを施せ」の章句が鮮やかな色の糸で縫いつけられていた。シャイヤー夫妻は子供たちに、友人や隣人の助けとなること、心の糧と善意を分かち合うこと、見返りを期待せず献身的に奉仕することを教えた。家族じゅうが教会の活動に熱心に参加し、しばしば自分たちより恵まれない人々への援助を行っていた。

 2年前、リタの神への信仰とひとびとへの愛は過酷な試練にさらされた。リタはトム・アンガーという男性と半年間つきあっていた。彼女はトムを愛していたが、二人の関係が行き詰まってきたのも感じていた。彼女はトムに、別れるのが二人にとってベストな選択だと思うと話した。彼は悲しんでいたが、それでも理解してくれたようで、リタの決意を受け入れた。二人の親密さが変わることはなく、その後も純粋な友だちとしてしょっちゅう会っていた。

 彼らのロマンスが終わりを迎えてから5ヶ月後、リタはトムのことで懸念を覚えるようになった。彼は経済的に大きく困窮し、仕事上でも深刻な問題を抱えていた。しばしば彼はふさぎ込んで欝な様子だった。ストレスにうまく対処できているようにはまったくみえなかった。リタは彼にメンタルクリニックに行くことを薦めた。トムは助言に感謝しているようで、彼女の言うとおりにした。

 しかし、トムが援助を求めに行ってから間もないある夜、彼は朦朧として混乱した様子で、午後11時ごろリタに電話をかけてきた。彼はアルコールだけでなく錠剤も飲んでいるとリタに語った。最初彼は2錠の錠剤を飲んだと言い、それから数を5に変え、最終的には17錠を摂取済みだと言った。

 リタはトムが果たして本当のことを言っているのかよく分からなかったが、とにかく救急隊員を呼ぶことにした。彼らはリタに、まずはトムのアパートに行って彼がどんな状態なのかを確認してもらい、もし医療手当が必要だったら折り返し電話するようにと伝えた。

 リタはタクシーでトムの家へ急いだ。応対に出てきたトムを見てすぐに、リタは彼がちょっと奇妙で「ハイ」な状態にあるのに気づいた。それでも彼は、せいぜい数錠の錠剤しか飲んでいないような感じでふるまっていた。危険な大量摂取の徴候はまったく認められなかった。救急隊員を呼ぶ必要はなさそうだと判断して、リタはただトムの家じゅうを歩き回りながら、数時間のあいだ、静かに彼に話しかけていた。彼はリタがそばにいてくれることに感謝しているようで、だんだん明晰で落ち着いた様子になっていった。しばらくした後、リタはトムに家に帰ると告げた。

 なんの前触れもなく、彼はかつてのガールフレンドに襲い掛かり、彼女を激しく打ちはじめた。何度も何度も、彼は彼女の顔を殴った。恐れをなしたリタはなんとかトムの家から脱出すると、ホールを駆け抜け、隣家のドアをノックした。しかしトムは彼女を家にひきずり戻すと、容赦のない殴打を続けた。 

 トムが彼女を三度目に床へ叩きのめしたとき、彼女は彼が去ってくれることを期待して死んだふりを試みた。しかしリタがそこに動かず横たわっている光景はトムをなおいっそう激高させた。彼は彼女をぬいぐるみの人形のように掴みあげると、さらなる凶暴さで彼女に殴りかかった。

 再びリタはホールに逃れ出て、声を限りに叫んだ。だがトムはまたも彼女を家に引きずりこんだ。今度は彼は彼女の首を絞めはじめた。リタは息ができなかった。目の前が真っ暗になっていった。命は彼女のもとから去りつつあり、彼女は意識の最後の名残にしがみついていた。「助けて神様、お願い助けて」、彼女は心のなかで祈った。

 リタが気を失いかけたまさにその時、隣人が玄関のドアを叩いて叫んだ、「やめろ!警察を呼んだぞ」。彼らの叫び声にトムはひるんだ。彼は彼女の首にかけていた手の力を弱めると、彼らに立ち去れと告げるため、玄関へと向かった。リタは空気を求めてあえぎつつ、いまは少し開いているドアのほうへ向かってふらふらと近づいていった。外に5人の人間がいるのが彼女には見えた。彼女は開いたドアから彼らのほうへ向かって必死に腕を伸ばし、助けを求めた。しかしまたもトムが彼女の背中を引っ張って家の中に連れ戻し、殴打が再開された。

 突然彼は凶悪な攻撃の手を止めると、重たい鉄製の火かき棒を掴み上げた。彼女の顔の近くでそれを振りかざしつつ、彼は脅しの言葉を吐いた。「もしも警察に言ったら、お前の顔と胸を切り刻んで二度とモデルの仕事ができないようにしてやるよ!」。

 リタはトムに殺人を思いとどまらせることしか考えていなかった。彼女の顔を血が覆った。リタはこう言っているあいだにもほとんどものが見えなかった、「トム、警察はこっちに向かっている。彼らはもうすぐここに来るわ。彼らがやって来たとき私がそんなに酷い様子には見えないように、私に顔を洗わせてくれない?」。

 トムは今では青ざめ震えていて、リタの言ったことを理解しているようだった。急いで彼は彼女をバスルームに連れていき、彼女が血を洗い流すのを手伝った。

 数分後、警察がドアをノックした。トムは戸口に出て、大声でこう言った、「なにも問題はありませんよ、おまわりさん。ちょっと口論をしていただけですから」。警察官は、とにかく中に入って様子を確認する必要があると答えた。

 トムが警察官を中に招き入れるやいなや、リタがバスルームからヨロヨロと歩き出て、玄関通路を辿って彼らの前に立った。彼女の状態を見た警察は、ただちにトムを逮捕した。

 リタは意識を失い、警察の車で病院に運ばれた。警察官が彼女を緊急治療室に運び込み、彼女はそこで意識を取り戻した。看護師が彼女の顔を一目見て「まあ、なんてこと」と息を呑んだ。ある医師は別のひとりに、「彼女はこのすべての下側では、可愛い女性に違いないよ」と言っていた。

 「に違いない」、リタは自分のなかで鸚鵡返しに唱えた。

 その緊急治療室のなかでリタは、ひたむきな、静かなる祈りのよどみない流れによって痛みや恐怖と戦っていた。「主よ、この試練を乗り越えられるよう私に力をお授けください」、彼女は祈った。「もしも私がこれに耐えられるほど強くなければ、貴方はこのような試練を私にお与えにはならなかったでしょう」。いま振り返ってみて、彼女はそのとき、主の御手に自らを委ねようという意識的な決意をしたことを覚えている。「主よ、私は貴方を信じます」、彼女は祈った。「そして私は、貴方が私をお守りくださると知っています」。

 いたるところが痛んだ。最悪な状態だったのはリタの顔面だが、打撲や裂傷は体じゅうを覆っていた。彼女の肌の1インチたりとも、トムの力づくの打撃に手つかずで済んだ部位はなかった。彼女の全身に蔓延する痛みに加えて、リタは氷のように冷たい、骨にまで沁みる寒気を感じていた。どれだけたくさんの毛布を羽織っても、彼女の震えは止まらなかった。彼女は自分がその寒さで死んでしまうのではないかと感じた。

 看護師はリタに、彼女の鼻は2箇所で折れていると知らせた。医師は傷を縫い合わせ、彼女の顔じゅうに氷嚢を置いていった。リタの前歯には亀裂が走り、奥歯の一本は完全に粉々になっていた。頭骨は何箇所かで折れ、顎全体は強く打たれた衝撃で完全にずれていた。

 リタの目は風船のように膨らんでいた。朝までに目蓋は完全にふさがってしまうだろうと医師は彼女に注意した。運が良ければ、わずかな隙間が開いていてものを見ることができるかもしれなかった。

 何時間後かに彼女の手当てが終わったとき、彼女の二人の親友のジョンとエレンが車で病院へ向かった。彼らはリタを拾って彼女を自分たちの家に連れていった。友人は彼女をソファーの上に寝かせ、彼女はそこで休もうとした。

 しかしリタの体はみみず腫れだらけだった。楽な姿勢を見つけることはまったくできなかった。彼女は朝まで断続的に眠った。