PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 3 Fear 4/6

ほかのひとびとに手を差し伸べる

 ひとはなにかを恐れているとき、しばしば他人に助けを求める。既に議論したとおり、これは有効で健全な反応である。しかし、周囲の人から援助を受けることに加えて、恐怖に対処するためのもうひとつの非常に効果的な方法がある――他人援助を与えるのである。

 あなたはこう考えるかもしれない、「私はひどく落ち込んでいる。ほかの誰かのためにいったいなにをすることができるっていうのだろう?」。答えは――いろいろである!

 ほぼすべての犯罪被害者は、恐れている人間は自分一人ではないということを認識することでより安心する。他人に手を差し伸べることを決めた被害者は、他の誰かが恐怖を克服する手助けをすることそれ自体が、自分自身の不安や孤独、恐怖の感情を和らげることに気づく。私たちが自分のエネルギーを自分自身に集中させるよりも、その一部を外部に振り向けたとき、恐怖による消耗ははるかに軽減されるのである。

 私の事件から約3週間後、スタイン先生が私に、隣室の55歳のビジネスマン、ブルースタインさんが翌朝心臓手術を受けることになっていると話した。ブルースタインさんの家族だけでなくスタッフも、彼が手術を生き延びられないのではないかと非常に憂慮していた。彼らの懸念は彼の肉体のコンディションではなく、主として彼の精神状態に関するものだった。ブルースタインさんは脅えていたのだ。

 大きな手術を前にした人が怖がるのは自然なことである。しかしブルースタインさんの恐怖は、「ノーマル」とか健全とみなされる領域を超えてエスカレートしてしまっていた。彼の恐怖は、自分の生存の見込みに対する肯定的な評価を抱くことを完全に妨げてしまうほどに圧倒的なもので、このことが現実に彼の肉体と精神の全般的なコンディションを衰えさせていた。ブルースタインさんは自分が手術台の上で死ぬと確信していた――そして彼の周りの皆が、彼の恐怖と悲観主義が彼の抵抗力と生きる意志を弱らせかねないことを知っていた。要するにブルースタインさんは、文字どおり恐怖のあまりに死んでしまう危険に曝されていたのである。

 スタイン先生が、ブルースタインさんに話しかけて彼を助けてやってくれないかと頼んだとき、私はすぐに同意した。何週間ものあいだ、それは多くのひとびとが私のことを助けてくれていた――こんどは私が殻から出て、他の誰かのために同じことをする番だった。

 花だらけの私の部屋を見回して、私は綺麗なバラのブーケを選ぶとそれを脇にはさんだ。面識のない、この恐れる人物になにを言おうか私は考えていなかったけれども、手助けをすることに決めた。深呼吸をして、私はドアから顔を出した。

 ヨーロッパなまりの、スレンダーで灰色の髪のブルースタイン夫人があいさつして私を部屋に招き入れ、出ていった。ブルースタインさんはベッドに身をかがめて、目は大きく開かれ、顔はチョークのように白く、毛布は顎まで引き上げられていた。彼は私を凝視し、うろたえた様子でしゃべろうとした。彼がなんとか口にできたのは、「ど、どうも」だけだった。

 私がバラをベッド横のテーブルの上の花瓶に挿そうとすると、ブルースタインさんは首を振って、受け取りを拒もうとした。しかし私は「花屋」みたいな自分の部屋の様子の説明を始めて、このバラを受け取ってもらわなくてはいけないと彼に言った。私はこんなことを言って彼と冗談を交わした。「百万本くらい花があって、私は今では花のことが全然好きじゃないんです。水をやるだけで何時間もかかります。本当のところ、どうかお願いだから花を手放させてほしいんです」。

 彼はいくぶんリラックスした様子で、私のことを訝し気に見た。おそらく彼は、このおしゃべりな、おさげ髪の、ピンクのローブをまとった生き物は、腕のギプスを振り回し冗談を飛ばしながら、いったい私の部屋で何をしようとしているのだろうと自分に問いかけていたのだろう。

 ちょっと経ってから私は、彼のことを略してミスター・ビーと呼んでいいかと尋ねた。彼はほんのわずかばかり笑って、彼のオフィスの秘書は何年も彼をミスター・ビーと呼んでいると言った。

 それから私は、なぜ私がこの病院に来たのか、私になにが起きたのかのありのままを彼に話した。私は自分の受けた胸部外科手術のことを説明し、私の手術痕(ベテランの心臓手術医はそれを「ジッパー」と称している)を彼に見せた。私は彼に、緊急治療室のなかで私もまた恐怖を感じていて、今でもなおそうであるということを認めた。

 ミスター・ビーは一瞬沈黙したのちこう言った、「あなたは私よりもずっとひどい状況を乗り越えてきたんですね……。私は恥ずかしく思います」。

 私は彼に、恐怖よりは恥ずかしさをあなたに感じてもらうことが最終的に私のしたかったことだと言って、彼が感じていたことを話してくれるように求めた。少しづつ彼は私を信用して打ち明けはじめ、彼にとりついている死のビジョンを語った。私は彼の恐怖がいかに私自身のそれと似ているかに驚き、恐怖が私たちの双方を捕らえ、衰えさせていったありさまの類似性を指摘した。

 話すにつれて私たちの友情は大きくなっていき、私は彼に、自分を先例として利用することを求めた。私がそうだったようにあなたも困難を切り抜けられることを私は知っている、そう彼に伝えた。その証拠は私の胸の縫い目ほどにも明白だった。

 彼の目をまっすぐに見て私は言った。「ねえ、ミスター・ビー、あなたは私ができる以上に、恐れることを止めることはできない、けれどもあなたは、私が恐怖を感じていたとき自分に言い聞かせていたのと同じことを、ご自身に向かって言うことはできます。『オーケー、私は恐れている。だが私は生きているし、強いし、家族に愛されているし、基本的には健康な人間でもある。私は恐怖が私を乗っ取り、私をさらに病ませることを許さない。私は恐怖を受け入れよう、その副作用とも付き合っていこう、でも私は恐怖に私を殺させたりはしない』」。

 私はミスター・ビーに、手術が終わってからしばらくの間、あなたは痛みに苛まれ、手術前にあなたがしていた事柄の多くをするのに恐ろしさを感じるだろうが、じきに恐怖は衰えていくだろうと語った。

 訪問のあいだじゅう、私はできる限り肉体面で回復しているように自分を見せるため、ベストを尽くして動き回っていた。私は彼に、たった3週間のあいだに私が取り戻した力を見せたかったのだ。

 私は彼のベッドサイドのラジオをつけて、ポップ・ミュージックに合わせて一分ほど踊ることさえした(このおふざけのせいで私は一晩中体が痛かった)。

 ミスター・ビーは私の活力に驚きあきれて首を振っていた。退院したら彼と奥さんを誘ってディスコに行きましょうと私が言ったとき、その考えだけで彼は楽しさを感じているようだった。

 不意に彼はつぶやいた。「たぶんあなたの言うとおりなんだと思う、お嬢さん」。アイディアが浮かんで、私はドアのほうに向かいながらこう言った、「ミスター・ビー、ちゃんとそこで待っていてくださいね」。この言葉は笑い声と、「ほかのどこに私が行けるってんですか?」と言おうとしているらしい、相好を崩した笑顔とを誘った。

 私は自分の病室に戻り、花束をさらに4つ集めると、それを持って彼のところへ戻った。そして私は言った、「さてミスター・ビー、あなたはICUから自分の部屋に速攻で戻って来なくてはいけません。だってあなたはこの花に水をやらないといけないから。私はもうこいつらの面倒はみませんから!」。その言葉とともに私は彼にウインクして部屋を去った。ミスター・ビーはいまだにベッドにかがんではいたけれども、笑っていた。

 翌朝の午前7時に、私の家族と私はミスター・ビーのために祈った。長い手術のあいだ、私は彼に良い考えと勇気を送ろうとしていた。テレビをつけたが集中できなかった。彼の容態を知らせる言葉を待ち受けているあいだに、時は流れていった。

 ついにブルースタイン夫人が部屋に飛び込んできた。彼女の目は涙で潤んでいて、一瞬私は最悪の結果を想像した。そのとき彼女は言った、「夫は目を覚ましました。手術はうまくいきました。ドクターは夫はまったく順調だと言っています」。私が彼女におおげさなキスをすると、彼女は続けて言った、「彼が目を覚ましたとき言った最初の言葉は、『あの女の子にお礼を言ってくれ』でした」。

 私は今でもその時のことを思い出すだけで涙目になる。ミスター・ビーを助けたことは私にも大きな影響をもたらした。ミスター・ビーの生還は私に勇気を与えた。それは私の無力感と落胆の感情をいくらか取り去ってくれたのである。

 私は恐怖がどれだけ有害な効果をミスター・ビーにもたらしていたかを見てきた。そして彼が、恐怖に彼を完全に乗っ取らせることはさせないと決意したとき、彼の前途への展望が改善していくさまを見てきた。そして今、私は自分が彼に言った言葉に従って私自身も行動し、それらを自分の状況に当てはめていくことが必要だった。私はミスター・ビーをおおいに助けたが、私は自分自身をなおいっそう助けたのである。

 

 ほかの人を助ける機会は、あなたが襲われた後そんなにすぐには訪れないだろう。しかし、いずれはあなたが誰かに手を差し伸べる日が来ると考えることだけでも、あなたに目標を与えることになる。あなたがどれほどの苦境の只中にあろうとも、どんな肉体的、精神的な状態にあろうとも、いつか必ず、あなたの体験を生かしてほかの誰かに助言し、援助をする時は来るのである。

 Victims for Victimsやほかの自助グループの基本理念は、「ひとびとを助けるひとびと」である。私は再三にわたって、ピアカウンセラー(自分と同様の経験を経てきたほかの人の手助けをする人たち)が、被害を受けたばかりのクライアントとの活動をとおして自身も恩恵を得ているのを目の当たりにしている。あなたの恐怖を、あなたよりなおいっそうの恐怖を感じているような人と分かち合うのは、初めは恐ろしく感じられるかもしれない。彼や彼女が語る強烈なパニックや不安の感情があなたの恐怖の引き金を引き、あなたの状態を悪化させるのではないかとあなたは懸念するかもしれない。正直に言うと、これはときどき起こることである。しかしそれよりはるかに頻繁に、あなた自身よりも強い恐怖を抱え込んだ誰かに手を差し伸べることで、あなたはただちに、どれほどの前進をあなたが成すことができたかを知ることになる。

 もちろん、すべての犯罪被害者がほかの被害者の支援やカウンセリングに従事するわけではないだろう。しかし、他人に手を差し伸べることによって自分の恐怖に対処するやり方はほかにもある。子供やお年寄り、障碍者へのボランティア活動は、あなた自身にどれだけの強さと能力が具わっているのかをしっかりとあなたに把握させてくれる。あなたが自分の力を本当に弱い立場の人たちに向けて用いているとき、恐怖によって消耗させられているような感覚を抱くことは難しい。そしてその間にあなたは、困窮している人を援けることによって価値ある奉仕を自分が行っていると知ることからくる満足感を得る。

 恐怖を乗り越える、あるいは恐怖とともに生きていくことを学んでいくことは、痛みを伴う長いプロセスであるが、それは人間性というものに対する私たちの理解を深めることにもつながる。もしもあなたが、この新たに見いだされた知識をほかの人々の手助けのために活用することができたら、あなたは二重の報いを受け取ることになるだろう。あなた自身の恐怖を和らげることと、あなたが助けた人からの感謝と。そしてそれはあなたを素晴らしい気分にさせるのだ!