PM:生き残ることのその先へ

Theresa Saldana『Beyond Survival』全訳

Beyond Survival - Chapter 4 Anger 7/9

 ジャネット・カイリーを、私は1984年12月のVictims for Victimsのクリスマスパーティの席で知った。長身で魅力的な23歳の彼女は車いすに座り、その脇に彼女の母のヴェラと、親友のアンが寄り添っていた。最初に私の心を捉えたのは、彼女の誘うような満面の微笑みと、彼女から滲みだしてくる心根の暖かさと楽天性だった。しかし彼女は、彼女の胸から下を麻痺状態に陥れた銃撃の被害者だった。その夜彼女は私に出来事の一部始終を語ってくれた。

 ジャネットはどんなときも、幸福で健康的で、肉体的に活発な人生を送っていた。彼女はラスカサスという、いつも音楽が流れていて、ほとんどは家族連れやカップルのお客で賑わっている素敵なメキシコ料理のレストランで、常勤のバーテンダーの職に就いていた。ラスカサスのお客はフレンドリーで、チップもはずんでくれた。

 気候の暖かい時期にジャネットはエアロビクスの先生の仕事をパートタイムで行い、冬はスキーのインストラクターとして働いていた。彼女はスキーを愛していて、雪の斜面を風を切って滑り降りているときに、もっとも生き生きとした気分を感じていた。1984年の3月7日に、ジャネットと友だちのローズは午後10時半に家を出て、彼らがよく行く地元のパブ兼ディスコのチャーリーに立ち寄った。ローズのボーイフレンドと彼の友だちがそこにいて、4人がひとつのテーブルを囲んだ。それは素敵な夜で、彼らは流れてくるヒットチャート・トップ50に合わせて2時間ノンストップで踊り続けた。

 疲れ果て、汗でびっしょりになって、ジャネットはついにダンスフロアを離れた。彼女が欲していたのはただ休息だった。テーブルに戻ろうとしている途中で、痩せて筋肉質の、気性の激しそうな赤毛の男が近寄ってきて、彼女をダンスに誘った。ジャネットは疲れていてひと休みが必要だからと言って丁重に断った。それから彼女は友人たちに合流した。

 しばらくしてジャネットは、彼女をダンスに誘った男が自分たちのちょうど真正面のテーブルに座っていることに気がついた。彼はまっすぐに彼女を見つめ続けていた。ジャネットはその男の友人たちが彼のほうを向いて顔をしかめているのを見た。彼らはなにかの件で彼のことをからかっているようだった。あの赤毛の男は、ダンスの誘いを彼女が受けるかどうかで彼の友人たちと賭けをしていたのかなと彼女は思った。

 ジャネットと彼女の友人は深夜の「朝食」を食べに行くことにした。おそらくあの時、隣のテーブルにいた男と彼の仲間の4人は、その会話を横で聞いていたのだろうと彼女は思っている。午前12時45分に、ジャネットは彼らがバーを出ていくのを見た。15分後、彼女とローズと二人の男友達は、いっしょにローズの車のほうへ向かった。

 外に歩き出した瞬間、ジャネットは男の叫び声を聞いた。「ヘイ、これでも食らえ、f---ing bitch!」。彼女は声のする方向に目を向け、あの赤毛の男と仲間がすぐ隣の車に乗っているのを見た。彼女をダンスに誘った男は後部座席にいて、ジャネットに向かって真っすぐに銃口を向けていた。恐怖に駆られて彼女は踵を返し、走った。銃声が鳴り響いた。銃弾は肩甲骨と肩甲骨のちょうど間で彼女の脊椎を引き裂いた。彼女は地面に崩れ落ちた。もう一発の銃撃は彼女の右のふくらはぎを撃った。タイヤのきしむ音とともに、狙撃者とその仲間は走り去った。

 ジャネットはそこに横たわっていた。動くことができなかった。なにも感じなかった。混乱して、彼女は彼らが自分をゾウのための麻酔銃で撃ったのかと思った。バーから人が溢れ出てきた。

 数分後、警察が、そして救急車が到着した。彼らはただちに彼女を車に乗せると病院へ急いだ。救急隊員が彼女になにかアレルギーはないかと尋ねた。「ええ、ネコ」、ジャネットは答えた。

 「おやおや」、救急隊員は言った、「あなたはユーモアのセンスを失ってませんね」。

 「たぶんね」、ジャネットは言った。

 緊急治療室で、スタッフが彼女の体を動かさなくてもいいように、彼女の服を切り始めた。「ねえ」、ジャレットは彼らに頼んだ、「服を駄目にしないでよ。お気に入りなんだから」。看護師たちが不審気に彼女を見た。

 銃弾は彼女の肺を貫きバラバラになっていたので、彼らは胸腔チューブを挿入した。髄液が彼女の背中の銃口から流れ出していたが、ドクターらは手術をためらった。彼らは液の流出はひとりでに止まるだろうと言った。

 流出は止まらなかった、3日後になっても。ドクターはジャネットに、彼女の脊髄は第6胸髄の位置で切断されていて、彼女は二度と再び歩けないだろうと伝えた。

 強い薬の作用ですべてがぼんやりとして非現実的になっていたので、ジャネットはその知らせにもほとんど反応しなかった。ジェネラル・ホスピタルでの3日間は、夢のようにぼんやりとした状態のまま過ぎていった。彼女はその72時間についてほとんどなにも覚えていない。

 ジャネットは彼女の事件を担当している刑事の訪問のことは鮮明に覚えている。彼は尋ねた、「どんな種類の銃でした、カイリーさん?リボルバー?それともオートマチック?」。

 「知りません。私は銃の専門家じゃないので」、彼女は答えた。

 それを聞いて、刑事はまさにICUの中に居ながらにして、懐から銃を取り出し言った、「こんな感じでしたかね?」。

 ジャネットは彼を見つめ、彼女の顔は怒りでゆがんだ。それから彼女は彼に部屋から出ていってくれと命じた。それは銃撃以来、彼女が怒りを――あるいはなにかの感情を――感じた最初の時だった。

 危機を脱したジャネットは、ロングビーチ・メモリアル・メディカルセンターに移された。この病院でジャネットは、自分が否定的意見に取り巻かれていることに気づいた。彼女は、歩けるようになる可能性は5%を下回ると告げられた。ドクターも看護師も、彼女の担当になった精神科医さえも、「あなたは順応しなければならない。あなたは二度と決して歩けない」という趣旨のことを言った。

 ジャネットは返事をした、「あなたたちは私のことを知らないの!」。

 彼女を取り囲む否定的な空気はジャネットを混乱させ――激しい怒りを覚えさせた。彼女は頭のなかで考えた、「彼らのやってることがもっぱら私を打ちのめすことばかりだっていうのに、どうやったら私は良くなるっていうの?」。

 ジャネットは自殺を考えた。それが出来ることを彼女は知っていた。とにかく彼女はまだ腕は動かせたのだ。「私の家族と友だちがいなかったら、私はきっと自殺していただろう」、ジャネットは振り返って言う。「彼らは、特に私のママは、私に希望を抱かせてくれた。私は自分自身の命を奪って彼らを傷つけたくなかった」。

 初期の多量な薬剤投与が減らされて、彼女が自分の置かれている現実を把握したとき、彼女が最初に思ったことは、「ああ神様、私にもう一度スキーをさせてください!」だった。そしてどれだけドクターに言われようとも、彼女は未来への希望を諦めることを拒否した。まずは、歩くこと。それから――スキー!今もそうであるように、forward thinkingがその時の彼女を生かしていた。

 「最初のうち」、ジャネットは言った、「私は自分のために非現実的なゴールを設定していた。誕生日までには歩けるようになってる、みたいな。そしてその日が来て、私は立つこともできなくて、欝になった。それで今では私は一日、一日の着実な進歩を目標にしている。私は改善を示す新しいサインのひとつひとつを待ち受けているんです」。

 メモリアル・メディカルセンターで、ジャネットは猛烈に、休むことなく理学療法に取り組んだ。だが彼女についた理学療法士ですら、再び本当に歩けるようになるという彼女の夢を挫こうとした。ジャネットは、彼女がおとなしく言われたことを受け入れ、諦めることを彼らが望んでいるのを感じとった。彼女は彼らに腹を立てて言った、「冗談じゃない、私はファイターだ!」。彼らの否定的態度に対するジャネットの怒りが募れば募るほど、彼らが間違っていたことを見せつけてやろうという彼女の意欲の炎は勢いを増していった。

 昼であれ夜であれ、ジャネットがヒステリックになり、怒りに駆られて、希望を見失ったとき、彼女はママに電話を掛けた。カイリー夫人は彼女のためにそこにいた、彼女自身のforward thinkingのブランドを携えて。

 「あなたはまた歩けるようになる、ジャネット。私はそれを知っているよ。あなたは私のミラクル・ベイビーになるんだから。そしてその日には、あのひとたち全員のところに行って、ほらそう言っただろうと言ってやりましょう!」。カイリー夫人も怒っていた。彼女は、娘に必要なのは励まし鼓舞すること、やる気を起こさせることであって、彼女の心をひたすら折り続けることではないと分かっていた。

 ジャネットはドクターに繰り返し繰り返し、CATスキャンを要望した。それによって、彼女の脊髄がある程度残っていて、完全に切断されているわけではないことが明らかになると、彼女は固く信じていた。メモリアルの医師たちは、定期的なX線検査で知るべき必要のあることはすべて確認できていると言って、申し出を断った。ジャネットの脊髄は断ち切られていた。なにも残されてはいなかった。

 ジャネットは激高した。彼女自身がCATスキャンを手配することができないことは分かっていた。しかし彼女は未来の目標を設定した――それをやってくれるドクターをどこか外に探し出すこと。

 1カ月と2週間を経て、ジャネットはメモリアルから解放された。彼女と彼女のママはあらゆるところをくまなく探し回り、彼らが信頼でき尊敬できるひとりのカイロプラクターを見つけた。彼は、ありがたいことに楽観主義者だった。そのカイロプラクターのローマックス博士はCATスキャンを手配し、そして全員にとって喜ばしいことに、それはジャネットの脊髄の50%が残存している――部分的には両側に――ことを示していた。銃弾はちょうど間を通り抜けていた。しかし脊髄は切断されていなかった。現実的な希望がそこにあった。

 ローマックス博士がジャネットのために彼ができるすべてをやった後で、彼女の兄のダニエルが、彼女が週5回、1日7時間理学療法を受けることのできる場所を見つけた。ギブズ研究所である。研究所とそこで働く人たちは、ジャネットに援助と希望とやる気と勇気を授けてくれた、いま彼女はそう語っている。彼らもまた、ジャネットと並んでforward thinkingを実践している。彼女のセラピストたちは常に言っている、「ジャネット、君が本当に歩いているところを見るのが待ちきれないよ!」。

 ジャネットを撃ったのはその犯人の初犯だった。彼は寛大な処分を受けて、殺人未遂の罪にのみ問われた。懲役8年の刑を受けたが、十中八九、たった4年の服役で済むだろう。不合理に彼女を撃ち倒したこの男がそんなにも少ない年月で外を自由に歩いているだろうと考えると、ジャネットはムカムカした。「私はそのことをあまり考えないようにしている。私が欝になって、あいつは数年で娑婆に出てくるのに、いっぽうその頃自分はまだ車いす生活を送っているんだなんて想像が頭に浮かぶと、私は考えるのを止めて、それを私は乗り越えてやろうって自分に言い聞かせている。私はあの犯人が釈放される前に歩いてやる。私はあいつに、私がダンスを踊ることやスキーをすることや動き回ることを、私から永遠に取りあげさせたりはしない。そんなことさせてたまるか!私はそれに関しては頭にドが付くくらいのファイターなんだから」。

 ジャネットは言う、「負けを認めることを拒否することによって前進していく。それが私のやり方なの。私はドクターの気の滅入るような診断を法律みたいに受け入れたりはしない。そうなの、彼らは私が二度と歩けないだろうと言う、でも私みたいな境遇のほかの人たちのなかには、ドクターが間違っていたことを証明してみせた人がいる。そして私もそれをやろうとしているの。心が体に対してできることはたくさんある。もしも私が前向きに考え続けていれば、よいことがきっと起きると私は信じている。ギブズは私に希望を与えてくれた。そして私はそこで、現実の、グラフに描いて表せるような進歩を成し遂げてきた。そこのセラピストの人たちは私のことを信じている。そして私は彼らがどれだけ正しいかを示そうとしている。毎週私は自分に、ちょっとでも前に進もうって心に唱えている。そして私はいつもそれをやっているの」。

 ジャネットと彼女のボーイフレンドのジョーは、この4月で付き合いだしてから6年になる。彼は試練の期間をとおして彼女に寄り添い続け、素晴らしい気遣いをみせている。Forward thinkingはある意味で、彼らの結婚のプランを延期することの役に立った。ジャネットは言う、「彼は私に結婚しようって言い続けていて、私は彼にしばらく待ってと言っている。ええ、もちろん私は彼と結婚するつもり、だけど私は結婚式のときに、教会の通路を歩いて下りていきたいの!」。

 ジャネットの未来のプランは、単に根拠のない、物欲しげな夢物語ではない。彼女はそれを達成するために、自己犠牲的な努力を重ねている。ギブズのセラピストたちは彼女のことを、彼らが接してきたなかでももっとも意欲に満ちて、もっとも目標指向的で、もっとも勤勉な患者のひとりだと言う。そして彼らは、彼女の受けた傷の重さを考えると勝算は小さいようにみえるが、なお希望はあると言っている。彼女の前向きな活力と、ひたむきな努力と、まだ残っている彼女の脊髄が組み合わさることによって、ジャネットが目標を達成できる可能性はある、そうギブズのひとびとは信じている。

 ジャネットはギブズでの彼女のセラピーを5月にはじめた。12月までに、あらゆる種類の改善が成し遂げられた。彼女は補助なしで姿勢を正すことができるようになり、垂直に立てた状態で膝立ちできるようになった(以前は彼女の膝はJello(訳注:アメリカで売られているプルンプルンしたゼリーのこと)のようだった)。彼女は脚の筋肉を収縮させられるようになり、それは外からもはっきり見てとれた。そして最後に、彼女の神経路は筋肉につうじて作用を及ぼしていた――彼女を立たせることができるほどにはまだ十分ではなかったが。「今のところはまだそんな具合」、その晩彼女は言った。この若い女性はたった8ヶ月の期間に驚異的な進歩を成し遂げたのである。

 ギブスでの丸一日ぶんのセラピーは700ドルかかる。12月のはじめに彼女の保険会社が、彼らの医師のひとりに彼女を強制的に会いにいかせた。その医師は、彼女のセラピーは週3回、一日2時間で十分だと報告していた。医師はジャネットが成した改善を「不十分」だと過小評価して、どれだけ手厚いセラピーを彼女が受けたとしても、彼女は二度と歩くことができないだろうと主張した。

 そうしてジャネットは保険会社によってセラピーを週3回にカットさせられた。しかしありがたいことに、一日あたり2時間ぶんの保険しか支払われなくなったにもかかわらず、ギブズは彼女に丸一日分のセラピーを受けさせてくれている。ジャネットは言う、「もちろん、私は怒っている。ギブズにいて前に進んでいくことができるはずの時間に家のなかで座っているのは嫌なの。保険会社は私のセラピーを週2回に減らすと言ってきている。そして6月以降は、なにもなしだって。私は保険会社には本当に腹を立てていて、私のために闘ってくれる弁護士を探しているところ。でもいっぽうで、ただ怒っているだけではなんの良いことも生まれない。私にとってもっと大切なのは、自分の心とエネルギーを、もう一度動けるようになることへ集中させること。そして私が歩けるようになったときは、保険会社の連中に彼らが間違っていたってことを見せてやるの。私はある日、私の二本の足で彼らのオフィスに歩いていこうと考えている――彼らは私の手助けをしようとしなかったことを恥ずかしがって涙をみせるんじゃないかって期待しているわ」。

 これがforward thinkingでなくてなんだろうか。